運命の月曜日

梅竹松

第1話 笹町翔多①

 5月中旬。ゴールデンウィークが明けて一週間近くが経過した日の朝。

 今日も学校だというのにオレ、笹町翔多ささまちしょうたは自室のベッドで爆睡していた。

 空は快晴で青空がどこまでも広がっており、半開きの窓からは初夏の爽やかな風が室内に吹き込んでくる。

 暑くもなければ寒くもない。とても気持ちのよい朝だった。


 そんな睡眠には持ってこいの環境でオレみたいな寝坊助が起きられるはずもない。きっとだらしなく大口を開け、幸せそうな表情で眠っているのだろう。

 ちなみにオレは現在17歳の高校二年生。勉強も運動もイマイチで、特技と言えば絵を描くことくらいの平凡な学生だ。

 あまりスペックが高いとは言えないが、外見はそこまで悪くはないだろう。そこそこ整った顔立ちに、決して低くはない身長。髪は少々くせっ毛だが、体格には恵まれている方で、筋肉もついている。

 おそらくあと数年も経てば、がたいの良い男性の体に成長するはずだ。自分でも大人になるのが少しだけ楽しみだった。 


「う〜ん……」


 オレはベッドの上で無意識に背中をポリポリと掻きながら寝返りをうつ。

 そろそろ起きなければならないのはわかっているのだが、なかなか目を開ける気にはなれない。できれば、このまま昼過ぎまで眠っていたいくらいだった。


 だが、残念なことにこの家には兄の寝坊を許してくれない者がいる。中学二年生の妹・笹町舞奈ささまちまなだ。

 そして案の定、今日も舞奈はオレを起こしに部屋までやって来た。


「お兄ちゃん、朝だよ!! いつまで寝てるの!? 遅刻しちゃうよ!!」


 勢いよくドアを開け、づかづかと部屋の中に入ってくる舞奈。

 そのままベッドに近づいてきて思いきり布団を引っ剥がしてきたため、さすがのオレも目を覚ました。


「舞奈か……相変わらず乱暴な起こし方だな」


 眠気でなかなか開かない目をこすりながら、中学校の制服に身を包み両手を腰に当てて仁王立ちしている妹の方を向く。

 兄のオレが言うのもなんだが、舞奈はかなりの美少女だ。目鼻立ちはくっきりとしていて、肌は透き通っており、髪もツヤがあって美しい。

 しかし、体はまだまだ未成熟で背も低ければ胸もあまり膨らんでいないので、小学生に間違われることも多い。本人もそのことを気にしており、子ども扱いをされると顔を真っ赤にして怒るのだ。……まぁ、怒る姿も可愛いのだが。


 そんな幼く見えるけれどしっかり者で可愛らしい妹が、澄んだ声を張り上げてなおも起床を促してきた。


「早く起きて! 本当に間に合わなくなるよ!」

「いや……まだ10分くらいは寝てても大丈夫だろ。だからもう少し寝かせてくれ」


 時計を確認し、まだ大丈夫だと判断したオレは、遅刻するギリギリの時間まで眠るべく再び布団をかけようとする。今日は三時間ほどしか寝ていないから、非常に眠いのだ。

 だが、しっかり者の妹が二度寝など許してくれるわけがなかった。


「だめ! 二度寝したら絶対に起きてこないでしょ!! それに朝ごはんだってもうできてるんだから早く食べちゃってよ!」

「そんなこと言われても……あんまり寝てないから眠いんだよ……」

「どうせ遅くまでネット小説でも読んでたんでしょ?」

「う……」


 寝不足の原因を言い当てられ、反論できなくなってしまう。


「まったくもう……学校があるってわかってるのに夜更かしするなんて何考えてんのよ……」


 そんなオレを見て、舞奈が肩をすくめた。


「し、しょうがないだろ!! ホワイトイエロー先生の小説が久々に更新されてたんだから!!」


 妹の発言が正論であることは理解しつつも、一応反論をしておく。

 ちなみに、『ホワイトイエロー』というのは現在オレが愛読しているネット小説の作者のペンネームだ。

 この作者は何年も前からとある投稿サイトにオリジナルの小説を投稿しており、オレは中学一年生の頃に偶然その小説を見つけたのだ。当時はまだその作品は始まったばかりだったらしく3話しか投稿されていなかったが、その3話を試しに読んでみて強い衝撃を受けたことを今でも覚えている。どこにでもあるようなごく普通の中学校が舞台の青春小説で、思春期真っ只中の少年少女の悩みなどを鮮明に描写しており、普段王道の少年漫画しか読んでいなかったオレにとってはとても新鮮に感じられたのだ。

 登場人物たちが同じ中学生で共感したり感情移入できるシーンが多かったことも夢中になった理由のひとつだろう。

 気がつけばオレはこの作品の大ファンになっており、新しいエピソードが投稿されているかをほとんど毎日のように確認するようになっていた。


 ちなみに、当時のホワイトイエロー先生は非常に速筆で、また多作だった。

 オレが投稿サイトでこの先生を見つけた時にはすでに様々なジャンルの作品が投稿されていたことを覚えている。

 青春群像劇、魔法が登場するファンタジー作品、主人公が異世界に転生してチート能力で無双する俺TUEEE系の作品、そして熱血スポコン作品にちょっとエッチなラブコメ作品。さらには本格的なミステリーやSFなどなど。

 それらの作品が定期的に投稿されるものだから読む方も大変なのだが、それでもオレはすべての作品を読破してきた。高校受験で忙しい中学三年生の頃も勉強の息抜きなどに読んでいたのだ。

 当時はそれが日々の生活の楽しみであったことは間違いないだろう。


 しかし、そんなホワイトイエロー先生もさすがにネタ切れなのか、オレの高校受験が終わって春休みに突入したあたりから目に見えて更新頻度が落ちてきた。

 それまでに投稿されていた作品は次々に完結してゆき、新作を投稿することもなくなってしまう。

 そして去年の秋頃。連載中だった最後の作品が完結すると同時に、更新は完全にストップした。

 

 その時はもうホワイトイエロー先生の作品は読めないのだと大いに悲しんだものだ。この先生の作品を読むことが生きがいのひとつとなっていたオレは、しばらく虚脱感を抱きながら生活するハメになってしまったのだった。 




 ところが、それから半年以上が経過した昨夜、何の前触れもなくホワイトイエロー先生は新作を投稿した。

 それも数千字から数万字程度の短編ではない。数十万字を超える長編だったのだ。

 仮に書籍化した場合、おそらく3〜4巻ほどの分量になるだろう。


 ホワイトイエロー先生のファンとして、それほどの大作を読まずにいるなどできるわけがない。

 気がつけばオレはベッドの上でスマホを握りしめ、夢中で画面をスクロールし続けていた。


 その投稿された新作とはティーン向けのジュブナイル小説で、まさにオレのような高校生に読ませるために書かれたとしか思えない内容だ。

 最初はちょっとだけ読むつもりだったのだが、栞をはさむタイミングがつかめずに結局一晩かけて最後まで読んでしまうことになる。

 そのためオレは明け方近くになってようやく就寝した。

 だから、今こうして寝不足状態なのである。

 わざわざ部屋まで起こしに来てくれた舞奈には悪いが、今日は学校を休んででも昼過ぎまで寝ていたいというのが本音だった。

 

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