番外編 ユメサクキミトタタノボク続

あれから、何日が経ったのだろう。


ぼく、忠野ハヤトはそんなことを考える。


最愛の人——セイラさんから最後のメッセージが届いて以来、家に閉じ籠り、時間の感覚をすっかり失ってしまった。


『芸能事務所△△プロダクションは、自社所属タレントに聞き込みを行っている最中で——』


ワイドショーの司会者の声が、虚ろなリビングに流れ込む。

数ヶ月前に起きた「妊婦飛び降り事件」の被害者が、人気アイドル・宮園沙耶であると判明した瞬間、世間は大きく揺れた。

以来、テレビもネットも、△△プロダクションの責任追及で埋め尽くされている。


世間からは「タレントのケア体制がずさんすぎるのではないか」という批判が相次ぎ、事務所の存在意義そのものが問われていた。


そんな中、大株主であるBSSコーポレーションが声明を発表した。



黒田社長が壇上に立つ映像が流れる。

「私は、才能ある若者たちが再び夢を諦めることのないよう、芸能業界の在り方を根本から変革していきます。そのためには、手始めに△△プロダクションの経営陣を一新するところから始めなくてはなりません。」


沈痛な面持ちで語る姿は、SNSで瞬く間に拡散され、「芸能界の救世主」とまで称賛されていた。

BSSは独自に「タレント支援基金」を設立し、心のケアや生活支援を行う専門チームを編成。

さらに、全国にカウンセリング拠点を開設し、所属事務所を超えて支援を受けられる仕組みを発表したのだ。


「亡くなった宮園さんのような悲劇を二度と繰り返してはならない」

その言葉は、多くの人々の胸を打ち、ニュースでは連日BSSの取り組みが「新時代のスタンダード」と持ち上げられていた。



ぼくは、そんな世間の流れは別に気にならなかったが『自殺』という絶対的な逃避には、心躍らされていた。





久しぶりの、屋外はぼくにとっては少し眩しすぎた。

いろんなものに対する耐性がなくなっていた。


日差しに対する耐性も、

満員電車に乗ることへの耐性も、

人の目に晒されながら街中を歩く耐性も、


今の、自分が神経質だとは思えなかった。

みんな色んな事に無関心すぎるんだ。


『みんな狂ってる』そう考える方がぼくにとっては、腑に落ちる考え方だった。



久々に、登校した学校でぼくは誰にも話しかけられなかった。

それもそのはず。

何日も、何週間も、何ヶ月も、ぼく無しで回っていた学校だ。


ぼくは、もうこの学校の一員では無いんだ。




朝の会が終わると共に、廊下に飛び出した。



学校の屋上は、思っていたよりも低かった。


ぼくは、頭からダイブすれば十分いける高さであると『直感』的に判断した。


不思議な感覚だった。

人生の終幕を飾る前だからか、『直感』が冴え渡っている感覚がある。


この感覚がなんだかわからないまま、ぼくはジャンプした。







次に、目が覚めた時。

ぼくは、失敗したと思った。


やはり高さが足りなかったからか。


そんな、原因の分析をしていた。

次に活かすためだった。


しかし、分析は無意味なものになる。


視界がはっきりしてくると、ぼくは知らない人に抱えられている事に気がついた。

ぼくよりも、何倍も大きい巨人の女性に抱えられていた。


「玄一郎。あなたは玄一郎っていうのよ」


巨人はぼくに囁く。

いや、巨人だと思った女性は普通の大きさだった。


ぼくが小さくなっていた。


なんと、ぼくは転生したのだ。





「ゲンくん、あ〜そ〜ぼ!」

女の子の声がする。

家の外からだった。


「ほら、ミコちゃんが待ってるわよ」

母の言葉にぼくは答える。


「わかった!」

ぼくは、残りのご飯を全部お茶で胃袋に流し込んだ後でランドセルを背負って家を出た。



ドアを開けると、あたり一面には田んぼが広がっている。


「もー遅い。ゲンくん」

「ごめんごめん」


ミコは、ぼくの名前『玄一郎』を省略して「ゲンくん」と呼ぶ。


「むぅ〜ゲンくんは、いつもお寝坊さんなんだから」

ミコは、膨れっ面をする。

彼女の膨らました頬は、小麦色に焼けていたとても健康的だ。

服装は、シャツに短パンという薄着なのだ。


「ごめんね?」

「今日という、今日は許さないんだから」


ミコは、今日。

ご機嫌斜めなようだ。


ぼくは、話題を逸らすために電柱に貼ってあったポスターを指差す。

「あれに、一緒に行こう?」

「ん?」


ミコちゃんが、ぼくの指の先に視線を向ける。

そこには、『祭り』のポスターが貼ってあった。


『祭り」とは、ぼくたちの地元で行われる最大規模のイベントだ。

娯楽が少ない、ぼくらの唯一の楽しみでもある。


「ほんと?」

ミコちゃんが、怪訝そうに目を細めてぼくに尋ねる。


「ほんと、ほんと」

ぼくの、言葉に彼女が「ふーん」と答える。


「ナナミちゃんと行くんじゃないの?」

「なんで?」

「だって昨日、ナナミちゃんとゲンくん。二人で帰ってたじゃん。楽しそうに」

「そうだったかなぁ」


ミコが、今日機嫌が悪かった理由がわかった。

どうやら、昨日、ナナミちゃんとぼくが二人で帰ったことが気に食わなかったようだ。


「ミコちゃんと一緒に行きたいよ、ぼく」

その言葉を聞いた、ミコが顔を赤らめそっぽ向く。


「ほんと?」

「ほんとほんと」


我ながら、軽薄な男のムーブだとは思っている。

しかし『直感』が、ぼくにこうするべきだと嘯くのだ。


今回の人生は、直感を信じればうまく行く気がしている。

——少し、文章的におかしいが——漠然と、そう確信している。


前の人生みたいな悲惨な事には絶対にさせない。

前の、、え〜と。

ぼく、前。なんて名前だったけ?


まぁ、いっか。前の人生なんて。

今回の人生をぼくは、謳歌する。

玄一郎としての人生を。


黒田玄一郎としての人生を。


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習作B 月並崎 ショウ @321

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