第11話 佐伯の再起 (サイキ)
高校最後の冬。
周りのクラスメイトたちが合格通知を手にして笑い合う中、僕は掲示板の数字の中に自分の番号を探しては、ただ立ち尽くしていた。
……見つからなかった。
その瞬間、全身の血が引く感覚があったのを、
今でも覚えている。
浪人一年目──それが今の僕だ。
◇
高校時代からずっと、僕のそばには水瀬がいた。
学年で目立つタイプではないけれど、彼女の笑顔はやけに印象に残る。
テスト前にはノートを見せてくれ、部活帰りには自販機の缶コーヒーを半分くれたり。
それは“恋人”とか“特別な関係”という言葉よりもずっと手前にある、でも温かい距離感だった。
だからこそ、
落ちた時も、何も言わず「また頑張ればいいよ」と笑った彼女の声が、僕には救いだった。
……救いだった、はずなのに。
◇
予備校に通い始めて三ヶ月、僕はすでに疲弊していた。
高校の頃は当たり前にあった昼休みの雑談や放課後の部活もなく、ひたすら机に向かい続ける日々。
浪人仲間とは必要以上に話さない。
僕の中で「一人でやらなきゃ」
という意地があった。
そんな生活を支えるのはバイトだ。
週に四日、
夕方から深夜まで働き、帰宅は午前一時。
睡眠時間を削って勉強に当てても、頭に入る量は現役時代の半分。
それでも、予備校代と生活費で金はすぐ消える。
そして
──ある日、親父から突きつけられた。
「いつまで頼るつもりだ」
それは、経済的な支援の終了を意味していた。
浪人一年目の途中で、俺は完全に自力で立たなきゃならなくなった。
そんなある日、駅前のカフェで水瀬が小さく切り出した。
「高額バイトの話、聞いたことある?」
聞けば、
数時間で普通のバイトの何倍も稼げるという。
危険な匂いはすぐにわかった。
でも、彼女は僕の予備校代や生活のことを気にして、その話を持ちかけてくれたのだと感じた。
だから
──「やめろ」と言えなかった。
むしろ「僕のためを思うなら、受けてくれよ」と、最低な言葉まで口にしてしまった。
彼女は少し驚いたように目を瞬かせ、それから静かにうなずいた。
その表情を見た瞬間、胸の奥で鈍い痛みが広がった。
数日後、勉強会で顔を合わせた水瀬は、何事もなかったように笑っていた。
少し痩せたようにも見えるのに、
「疲れてない?」と聞けば「大丈夫」と返す。
「高額バイトはどうだった?」──その一言が喉までこみ上げる。
けれど、声にはならなかった。
もし彼女が危険な目にあっていたら、
それは全部僕のせいになる。
そんな答えを聞く勇気は、俺にはなかった。
◇
夜の駅前、友人に誘われて“効率よく稼げる方法”の話を聞きに行った。
待ち合わせたのは路地裏の喫煙所脇。
革ジャン姿の二人組が笑いながら近づき、
軽口を叩く。
中身のない話ばかりだが、
時折混じる「簡単に儲かる」
「買った商品代は、すぐ返せる」という言葉が妙に耳に残る。
……正直、不安はあった。
だが、もう自分一人で何とかしなきゃならないという焦りが、判断を鈍らせていた。
◇
「……何やってんだよ」
背後から声をかけられ、振り返ると
篠宮──蓮が立っていた。
その目は、僕の虚勢も苛立ちも全部見透かしているようだった。
「お前!僕のことに口出しするなよ!」
思わず声を荒げる。
でも、蓮は一歩も引かない。
「水瀬をこれ以上泣かせるな」
その言葉に、頭が真っ白になった。
──泣かせる?
そこで初めて、水瀬があの高額バイトで危険な目に遭ったことを知った。
何も言わず、普段通り笑っていたくせに。
いや、違う。俺が聞かなかっただけだ。
蓮は続けた。
「なにカッコつけて追い詰められてんだ。……俺も同じだったからわかる」
自分を削り、支えてくれる相手まで削ってしまう──その愚かさを、彼は知っていると言った。
胸の奥で、何かが大きくきしむ音がした。
僕は、守られる側のままでいるのか。
水瀬を、こんな形で危険に晒す僕のままでいいのか。
「……悪かった」
それしか言えなかったが、
その一言に全てを詰めた。
あの時、初めて本気で「変わらなきゃ」と思った。
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