第四章 第六話

「ん? どしたの?」

「まあまあ、ちょっと話していかない? 飲み物奢るし」

 もう要件は終わったはずだが、と思いつつ、進められるままにまた腰を下ろす二人。

「なんか気持ち悪いなあ。裏がありそう」

「あらあら、そういうのは公安の悪い癖よ。純粋な興味や好意や戯れで誰かと話をしたいこともあるじゃん」

「いやまあ、そうだけど」

 琴音はおっかなびっくり唯美の言動を吟味しているようだった。これはもはや職業病とも言えて、相手の言動の裏に何かあるかどうか、を詮索する癖がつきつつあった。

「ま、そう警戒しないで。ただの雑談よ。さっきの話にも関連するわ」

「さっきの話、です?」

 優理音まりねがオウム返しに問う。

「そ。能力者の脳の話。私たちはどうやって能力を行使しているのか。ま、諸説はあるんだけど、ちょっと語り合わない?」

「な、なんなの急に?」

「あ、でもそれ、面白そうです。琴音だと途中でめんどくさがって会話にならないし」

「あ、失礼ね。優理音まりねの話が難しすぎるんだよ。あたしらは呼吸するように能力を使う。それでいいじゃん」

「個人レベルではそれでいいかもだけど、それでも、謎を解明していくのは人類の最大の娯楽だと思わない?」

「へーへー、優理音まりねは賢いからね。いいよ唯ちゃん、優理音まりねが聞きたいなら付き合う」

 琴音としては積極的な興味はあまりないが、優理音まりねが聞きたいというならそれを優先する。

「あなたたち、ほんとに仲いいわね」

 その雰囲気に唯美は素直に感嘆する。

「ま、唯一の家族だしね」

「唯一? その、ご両親は? あ、聞いていいのかな……」

 思わず問い返した唯美だが、家族のことはNGの事もある。まずかったかな、という顔をした。

「あ、いいよ気にしなくて。父さんは三年前、かな。突然行方不明になったんだ。母さんは、あたしたちが生まれてすぐ亡くなったって聞いてるけど、あまり実感がなくてさー」

「そ、そうなんだ。ごめん、いらないこと聞いちゃったね」

「だいじょぶよ。ま、公安に身を置いてるのも、父さんの情報がどこかにないかな、ってのもあってさ。でも、行方不明になった時の状況、あまり覚えてないのよね」

「そっか、覚えてないのか。そっか……」

 うんうん、と唯美は腕組みしながら、何やら納得顔で頷いている。

 そして「ちょっと待ってて」と言って、カウンターの方に行き、飲み物を持って帰ってくる。

「さて、じゃあ本題ね。能力って何なのか。ま、思考実験だから気楽にいこう」

「はい」

 主に問答の相手は優理音まりねになりそうだった。琴音は聞き専を決め込むつもりだ。

「能力の行使に関しては、脳が大きな役割を持っている。これはもう確定的だけど、じゃあ、それはどうやって能力を出力しているのか」

 唯美が提起する。優理音まりねは考える。

「今のところ研究結果では、脳の中に非能力者にはない電気信号を発する場所があるって聞いたことがあります。能力野、って言うんでしたっけ」

「そうそう、それね。じゃあ、能力野に電気信号を送れば能力が開花するのか」

「今のところ、それはないですよね。他の感覚野だと、電気信号に脳が反応するって聞いたことはありますけど」

 唯美の問いに優理音まりねは答えていく。琴音にはあまりよくわからないことだが、優理音まりねは少し楽しそうだ。

「人為的に能力者を作り出せないか。亡国をはじめ、東側では昔から研究されてたし、冷戦時代は西側でも対抗してやってた。でも、当時は何の知見もなく、全くのでたらめをやってた。その当時に比べれば今はかなりの情報と知見が集まってる」

「はい。でも、人為的な能力者の誕生はまだない、ですね」

「そう。だから、これは人類の進化だととらえる動きもある。まあそこは置いといて、じゃあなぜ能力者は能力を使えるのか、って言う本題に戻るとどう?」

「そっか。人為的な電気信号では再現できない、ってことは、能力野で発生している電気信号が本命じゃないのかも」

「そういう考えもあるわね。でね、一つの仮説があるんだけど、聞く?」

「あ、ぜひ! 聞きたいです!」

 優理音まりねはもう完全に唯美との思考実験にハマっているようだった。琴音はそれを傍らでなかがめながら、ジュースを飲むだけ。といっても、琴音もバカではないので、一応それらの話を自分なりに頭の中で整理はしていた。

「ちょっとややこしいけど、簡単に言うと、私たちは別の事件にアクセスして、そこから能力を引っ張り出してる、って言う説」

「めっちゃファンタジーじゃん」

 唯美の言葉に、琴音が思わず茶々を入れる。

「そうね、幻想の域を超えてないけど、次元の概念を知ったら変わるかもね。知ってる? 次元」

「大介?」

「ちがうわ! 優理音まりねは知ってる?」

 茶化す琴音を放っておいて、唯美は優理音まりねへと問う。

「えっと、点がゼロ次元、線が一次元、平面が二次元で、立体が三次元、ですよね?」

「正解。じゃあ、その先は?」

「えっと、四次元って言う言葉は知ってますけど……」

 そこで優理音まりねは言い淀む。

 四次元空間、と言えば、SFやファンタジーではお約束の空間であり、言葉としては一般認知度が高い。

 だが、これを学術的に紐解く、となると話は違ってくる。

「おけおけ。じゃあ聞いて。一般的には四次元って、三次元に時間を足す、とかいうじゃない?」

「あ、聞いたことはあります」

「だよね。でも実際はそう単純じゃなくて、時間ってやつはまた別の性質を持つ者で、四次元に加えるべきではない、って話もあって。じゃあ、何を加えるのか、ってのは実はまだ曖昧なんだけど、その世界を創造することはできるのよね」

「えっと、どうなるんです?」

 優理音まりねは興味津々だ。琴音は過程の思考を放棄して、二人の会話を聞いている。

「前提として、一次元から二次元、二次元から三次元は認識できないってのがあるのよね。つまり、三次元から四次元は認識できない。だけど、逆は可能。私たちは平面も線も点も認識できる。つまり、下の次元へは干渉ができるのよね。わかる?」

「えっと、なんとなく」

「おけおけ。じゃあ、四次元からは三次元への干渉はできるけど、三次元は四次元を認識できない。その四次元にアクセスできるものって何だと思う?」

「……わかんなくなってきました」

 優理音まりねは混乱する。

 多次元については、物理学の世界でも様々な論議がされているし、なかなか答えが出ない問題だ。まして、物理学の専門家でもないなら、抽象的な概念を理解するのが難しい。

「ま、私もよくわかってるわけじゃないけどね、一説には『意識』なんだってさ」

「意識、ですか……?」

「そう。この三次元空間において、立体に縛られなく存在していて、なおかつ、今もその存在の実態が謎なもの。それが意識。で、意識ってやつは次元を超越できるんじゃないか、って話」

「理屈の是非はともかく、感覚としてはわかりますね」

「でしょ。で、まあそうだとして、私たちは脳が司る『意識』を使って、別の次元にアクセスして、こちらの次元へ干渉してる。別次元の力なので、こちらとの物理法則は異なるし、取り出し方によっていろんな能力に変換されてる、って言う説」

「へえ。なんとなくありそうな感じはするよね。そもそも、この世界にはわからないことの方が多いもん」

「あら、核心をつくじゃない」

 琴音の言葉に唯美は的を射たり、と手を打つ。

「そう、わからないなりに仮説がたくさん出てくる。その中には当たりもある可能性がある。じゃあ、こんな話はどうかしら」

 唯美は指を立てながら、ここからが本題、と言わんばかりに話し始める。

「この世界は一度改変されている。って話。どう?」

「うわあ、唯ちゃんもうそれ陰謀論」

「さ、さすがににわかには信じられないですね……」

 琴音と優理音まりねはさすがに胡散臭そうな顔をする。だが、唯美は大まじめだ。

「けっこうけっこう。二人ともまともな感覚を持ってるわね。私もそう。にわかには信じてない。でもね、可能性のひとつ、として頭の隅に置いてる。理由はまだ言えないんだけどね、もしかするとあなたたちのその『よく覚えていない』というのと繋がるかもよ?」

『え?』

 そういわれて、琴音と優理音まりねははっとした。

「はい、話はここまで! じゃ、ジンが見つかるといいわね」

「え! これから面白くなりそうなのに!」

優理音まりね、時間時間」

 食い下がろうとする優理音まりねに、琴音が時計を指さす。もう夕方だ。

「いけない! 光莉ひかりちゃんのご飯作らないと!」

「あたしのは!」

 最近光莉ひかり中心の生活になりつつあることに、少し戸惑いつつも、徐々に距離は縮まっている気はしていた。その要因として優理音まりねのご飯は大きい。

 優理音まりねは多少後ろ髪を引かれる思いだったが、いったん帰宅やむなし、となった。 

 なんとなくだが、ピース・ビルドの他の捜査官たちより、ここでこの二人と行動している方がよほど仕事をしている気持ちになるし、何より、生きている感じがする二人だった。 

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