第三章 第六話

「琴音以上の体力オバケ、いるんだ」


優理音まりね、そこじゃないと思うよ? あれはちょっとおかしいって!」


 言ってる間にビルの棟数がまた増えていた。そして岩城はすでに肩で息をしていて、次の弾を投げる態勢になっていない。また、他の三人も息切れしつつある。


「よし、そろそろ出番かな。琴音、優理音まりね、岩城以外の三人押さえるよ!」


『あ、了解!』


 もう先ほどまでの高レベルを出せる状態じゃない、と判断した唯美は、本丸以外の三人を押さえる指示を出す。自らも防御壁の向こうへと躍り出る。


「んふふふ、悪魔ベルフェゴールの名のもとに顕現せよ! 《拘束のRing of Restraint!》」


 唯美は含み笑いをしながら、拘束魔法を放つ。光の環が男たちに向かって放たれ、あっという間に三人を行動不能にしてしまった。


「あ、ごめん全部やっちゃった」


 琴音と優理音まりねに指示を出しておきながら、いつもの癖で全対象に対して魔法を使ってしまった唯美。舌を出して謝罪する。


「いいけどね、楽だし」


 出番とばかりに飛び出ただけでお役御免となった琴音は少し不満顔で、答える。


琴音と優理音まりねは拘束された男達に能力封じの手錠をかけていく。


 これで残るは岩城だけだが、もはや戦闘能力のほとんどは史郎にそぎ落とされていた。


「ま、これで終わりだな」


 史郎は支えていた数棟のビルを元の位置に突き立てる。ただ突き立てるだけでなく、それは元の形に戻ろうとしていた。


「え? え?」


「何がどうなってるんです……?」


 その光景を見ていた琴音と優理音まりねは、またも信じがたい光景に口をあんぐりとするばかりだった。


「PKっていろいろあるのよね。史郎は破壊だけじゃなくて修復のPKも使えるのよ。原理はさっぱりわかんないけどね」


 私の魔法も一緒だけどねー、などとてへぺろしている唯美を尻目に、あまりのスケールに姉妹は絶句するしかなかった。


「ていうか、ファルコンのレベルっていくつなのよ……」


 世界の能力者判定基準では最高値はレベル八である。だが、それは八以上が存在しないわけではなく、判定基準が存在していない、というだけだ。


 アンオフィシャルにはレベル九まで存在している、とはささやかれている噂である。


 史郎もそれに相当するのではないか、と琴音は息をのんだ。


 岩城勢力の抵抗はほぼ終わった。


 圧倒的なPK出力の差に、岩城はへたり込んで史郎を見上げている。


 その岩城の胸ぐらをつかんで、史郎は無理やり立ち上がらせ、顔を突き合わせて強い口調で岩城を詰問する。


「貴様、ブレインバーストを使ったな」


 それは疑問でも質問でもなく、断定だった。それを示すかのように、岩城は視線を逸らす。


「はい、逮捕。ブレインバーストって?」


 岩城に手錠をかけながら、琴音は問う。


「ここ一年ほどで出回り始めた、麻薬性能力強化剤の通称だ。こいつを使うと一気にレベルが三段階ほど上がる」


「え! そんなの聞いたことないよ?」


 ピース・ビルドが扱っていてもおかしくない事件だが、琴音にはそんな事件の記憶はなかった。優理音まりねの方を振り返ってみると、優理音まりねも首を振っている。


「表沙汰にならんように裏で締めていた。といっても、おそらく公安も名前くらいは把握しているはずだ。お前らのところまで下りてないだけだな。とにかく流通経路がわからないし、どこから出てきたものかもわからん。まだ数が出回っているわけではなかったが、市民エリアで何かやらかす前に見つけ次第潰していくしかなかった」


「なんでそんなことを?」


「こんなことが表沙汰になれば、また能力者に対する風当たりが強くなるからな。それは、表であれ裏社会であれあまり望まない。注目されたくない、という点でな」


「なるほど。って、やっぱり裏社会なんじゃん!」


「表だと言った記憶はないがな。もっとも、俺は裏でもない。まあそうだな、子供にはわからん大人の話だ」


「子供扱いしないでよ!」


 琴音は憤慨するが、史郎は意に介していない。引き続き岩城への尋問を再開する。


「どこから手に入れた。お前ら、ブレインバーストの危険性はわかっているんだろう。なぜ使った」


 ブレインバースト、麻薬性能力強化剤とは、習慣性を持ち、強力なレベル向上と引き換えに脳を破壊していく。もしバイヤーとして儲けるつもりなら、売る本人は絶対に手を出さないという代物だ。その先に待っているのは破滅しかないからだ。ブレインバーストに手を染めた能力者は、一時的に強力な力を持ちはするが、持続時間は短く、習慣性のある麻薬のため、比較的短時間で廃人となる、と言われている。


 岩城は史郎の問いに答えようとしない。へらへらと笑っているだけだ。


「言え。言わないならお前の頭を吹っ飛ばすが、いいか?」


 史郎は空いている方の右手で岩城の頭をつかむ。


 目の前であのPKの出力を見せられた後では、頭などトマトのように潰されることは明白だ。


「ちょっとファルコン! それは……!」


「黙ってろ。ここではここの流儀でやる」


「流儀って……」


 琴音が止めに入るが、史郎は聞き入れない。


「やめときなよ、琴音。史郎はこういった麻薬関係にはキレるのよ。実際、ブレインバースト関連で廃人になった能力者は全部処分してるし」


「処分、って……まさか?」


 唯美の言葉に、琴音の表情がひきつる。


「いいこと? 世の中には生きていてはいけない奴がいるの。ブレインバーストで能力強化された上に脳が破壊された暴走能力者、どうすればいいと思う?」


「それは……捕まえて、しかるべき施設へ……」


「模範解答ね。でも、そいつはもう人には戻れない。ずっと狂ったまま飼育するの? それにかかわる人たちやお金、大変じゃない。処分するのがすべてへの慈悲よ」


「そんなの……」


 琴音はその後の言葉が続かない。優理音まりねも言葉を失う。


正しくない、というのはわかる。ただ、その正しくない、は現行法に照らし合わせての話だ。絶対多数の幸せのために、その選択肢を選べるなら、選びたい、と思う人の方が多いかもしれない。できないだけだ、とも思う。


 では、ブラックファルコンはここでそれを担ってきたというのか。


「ひいいい! 待ってくれ旦那! 話す! 話すから!」


 岩城は突然あからさまに態度を変えた。史郎の殺気が本物であることを察したからだ。


「へへ、こいつは特別性だ。脳がイカれることはない。だったら、使うしかねえだろ」


「なんだと?」


「あの女が持ってたんだ。最初はフカシこいてると思ってたが、試しにそこらのゴミに飲ませてみた。そしたら、能力は上がるが何回与えても狂いはしなかった。近々大量に手に入る予定だったんだがな。死んじまいやがってストックも尽きてきた。俺も困ってたとこさ。へへ」


「あの女、って……」


「里見涼子、ですか?」


 琴音の言葉に次いで、優理音まりねが岩城に問う。岩城は頷く。


「そうさ。だからこっちも大金を流してやってたんだ。調達にいるからってな。でも結局最初のサンプルからこっち、ほぼ入ってこなかった。それでも、効果は抜群だし現物を見た以上は、こっちも投資した金を回収しなきゃいけねえ。ま、結局全部飛んじまったがな。死んだってえなら、ざまあだぜ」


「涼子さんに大金が流れたって、これだったんだ……でも、じゃあブレインバーストはどこから? 彼女が作ったっていうの?」


「いや、それは違うな。あの女は『手に入れる』と言っていた。調達に金がかかると言ったんだ。普通なら眉唾だが、現物を見せられちゃ、こっちも信じるわな。大量に入れば、売りさばいても儲かるし、何よりこいつは、狂わねえんだ。自分で使ってひと騒動起こしても負けはしねえ。ただ、ファルコン、あんたは計算外だった……」 


 化け物を見るような目で史郎を見る岩城。


 確かに、あの芸当を見せられると、琴音たちですら寒気を覚える。


 今は一応協力者だからいいが、万が一敵に回ったら。ただでさえ、能力者特区やそこの元締めなどという立場は、公共の正義たる公安や警察との関係は危うい。ひとたび騒動が起きれば、史郎がどちらにつくかなど、その時にならないとわからない。


 もし、史郎と事を構える、となれば、何も知らないならともかく、あの出力を知ればみな尻に帆をかけて逃げ出すだろう。


「なるほどな。あとはしかるべきところで話せ。それ以上のネタは出てきそうにないがな」


 史郎は胸ぐらをつかんでいた手を離し、琴音たちの方へと岩城を放り投げた。最も必要な情報は出たわけだが、もし、史郎がここで非合法手段を使って聞きださなかったら、ピース・ビルドで聞き出せたかどうか、琴音には自信がなかった。


 ピース・ビルドはあくまでも公的機関であり、法律に縛られる。相手の生命を脅してまで聞き出すことはできない。


 今の証言を引き出せたとしても、かなり時間がかかっただろうし、最悪、引き出せずに終わる可能性だってあった。


「ありがと、ファルコン。方法は見なかったことにする」


「ふん。少しは大人になったか、小娘。まあ、そうやって汚いものを見ていくのがこの世界だ。それは、能力者特区に生きようが、国の犬として生きようが一緒だ」


「犬じゃないわ」


「制御チョーカーという首輪につながれていてか? 帰るぞ唯」


「え? ああ、はいはい。こいつら運ばなくていいの?」


 そこらへんに死屍累々となっている岩城の勢力をどうするのか、唯美が尋ねると、史郎は面倒くさそうに言い捨てた。


「何のためにそこにピース・ビルドがいるんだ。電話一本で拾いに来るさ。別にここは立ち入り禁止区域じゃない。ゴミ掃除に来てくれるやつを断る理由はないからな。手柄はお前にくれてやる」


 言いたいことだけ言って、史郎は唯美を従えて去っていった。唯美は愛想よく振り向いて手を振っているが、史郎はその後琴音たちを一顧だにくれなかった。


「あああああ! むっかつく!!!」


「ぐげえええええ!」


「琴音、容疑者を踏みつけたらだめだから! あとで問題に!」


 確かに捜査は一歩、いや二歩以上進んだかもしれない。


 だが、琴音にとっては、史郎の桁違いの能力レベルは、同じ能力者としての自分の存在を強く意識する出来事となった。



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