第一章 第二話

 夜間にいきなり呼び出された二人は、本来は休みの時間だ。自宅となっている寮まで五分だし帰宅してもよかったのだが、あまりにもセンシティブなものを見たせいもあって目も冴えてしまった。仕方なく、資料室にあるパソコン端末と二人でにらめっこしていた。


「能力者犯罪、か……」


 琴音はぼんやりとデータの山を見ながら、つぶやく。


 能力者という存在が社会に現れてから、約四半世紀ほど。それは、最初は緩やかに表れた。


 かつて、超能力者を扱う番組が流行ったように、最初に出てきた能力者はもてはやされた。そしてそれが、トリックやまやかしでない、という事が初めて科学的な検証がなされた事例でもあった。


 もてはやされた能力者たちの一部は一財を築き、社会への影響力が増大した。そして、能力者はその時代を境に次々と生まれ始める。


 増えれば希少価値はなくなっていく、とは言うものの、社会全体における能力者の割合は微々たるものだった。当初は数千万人に一人、という状況でしかなかったのだ。


 だが、やがてその割合は微増ながら増えていく。サンプルが増えると研究が進むと同時に、その力を悪用するものも出てくる。


 これは、新しい技術や力や方法論が出てきたときに、必ず人類が通る道でもあった。


「なんでせっかくの力を悪い方に使うんだろ」


 琴音は疑問だった。そんなことをしても、結局は捕まるし、社会はそれに対応するために進化していく。新しい法律もできるし、自分たちのような能力者捜査官という仕事も生まれるわけだ。


「悪貨は良貨を駆逐するものだからね。それにあたしたち能力者は、イレギュラー……欠陥品、って言われちゃうんだもの」


 琴音の言葉に優理音まりねもやるせなさそうに返す。人より強い力、それは物理でも権力でも同じだ。それを持った者が、聖人君子でいられるのかどうかは、もちろんその本人の資質によるものとなるが、歴史が証明する通り、劣悪な独裁者や支配者になるケースは枚挙にいとまがない。それは小さな組織であれ、国家レベルであれそう大差はない。 


 そして、さらにそれに拍車をかけるのが、能力者が産まれてくる要因と言われるものと、それに対する社会からの評価や反応があった。


「欠陥品、か。望んでそう産まれたわけじゃないのにねー。あれって、研究としては正式な話なんだっけ?」


 琴音はあまりそういうところに興味がないので、だいたいいつも優理音まりね頼みだ。優理音まりねはそもそも読書が好きで、情報や知識を娯楽として楽しむタイプなので、琴音よりはるかにその手のことに詳しかった。


「最初の能力者が確認された時点までさかのぼって、そこまでの統計を見ると、蓋然性は高い、って言われてるよね」


「蓋然性って何?」


「その事柄が起こることが確からしい、って意味だよ」


「確からしい、か……確実ってわけじゃないんだろうけどなあ」


 しかし、世論はその方向で形成されていた。


 優理音まりねが言う蓋然性、という現在の能力者における研究成果の一つに、その出生の謎があった。


 生物は進化する。その中には、突然変異、という方法があることは生物学でも立証されていた。それは人類も例外ではなかった。


人類の祖とされるネアンデルタール人等の登場から、六〇万年ほどは飛躍的な発展はなく、道具や壁画等の文化を連想させるものは残されていない。


 それが変わるのは約七万年前。そこで人は脳機能の突然変異で『高度な言語コミュニケーション』を手に入れた、と言われている。


 それが人類の飛躍に寄与したことは言うまでもなく、かくして、人類は二一世紀を迎えた。


 しかし、この新世紀は順調とは言えなかった。


 前世紀に比べると発明や発見、技術革新のスピードは遅くなり、驚異的な技術の登場もあるものの、これまで社会を変革させてきた、飛行機や車等の移動技術、電話やインターネットのような通信技術、スマホに代表される革新的な映像技術のようなものは生まれにくくなっていた。


 人類の未来に華々しい光が見えなくなり、労働に適切な耐価が伴わない時代に、それは突然現れたのだ。


 七万年ぶりの人類の脳機能の突然変異。それが、能力者の登場であり、当初は人類の革新としてもてはやされるも、その背景事情が推察されるにつれ、『欠陥品』と揶揄されるようになった。


 最初に能力者が登場したのは日本だった。その後も日本を中心にちらほらと確認され始め、それはアジア、そして南米やアフリカ等の貧困地域を経て、欧州から世界全土へと広まっていくのだが、その発祥の地がアジア地域に集中していることに研究者は着目していた。


「すごいよね。過酷な労働、未来への不安、閉塞感、それらが最も集中しているのが日本、そしてアジア地域、それらの不安定なストレスが新たな世代に影響を与えた、って。だから、あたしたちは社会が生んだ欠陥品」


 琴音は優理音まりねの説明を聞きながら、自嘲気味につぶやく。


 過大な社会ストレスや、それに起因する睡眠時間の減少が顕著な地域に能力者の発生が多くみられる、という傾向がみられたのだ。


「確証されたわけじゃないよ。そういう傾向がみられるかもしれない、ってだけで。そして、あたしたちは欠陥品じゃない。そうでしょ、琴音」


「うん。あたしたちは、未来をよくするために生まれたんだよ。突然変異が種の継続的な存在のためにあるなら、あたしたちは、希望にならないといけないんだ」


 だからこそ、能力者犯罪はよくない、と思っていた。


 その考えがあるから、琴音たちは社会のために力を行使できると思ってここへ来たのだ。


 そんな想いをもう一度確認しながら、琴音と優理音まりねはこの事件の第一歩、データの洗い出しに向き合うことにした。


「すんごいデータ量だね」


「だね」


 琴音と優理音まりねも研修時代に何度か触れたことのあるデータベースだが、その時はあくまで研修用だったのでデータはダミーのものだった。インターフェイスも旧式だったので、最新版の現場で使うデータになれるのには苦労したものだった。


 今回、単独でそのデータを検索するのは初めての事になる。


「まずは前科もち……PKっていってもすごい種類があるんだなあ」


 琴音がキーボードを打って検索範囲を指定する。大項目はやはりPKになるが、それだけでも一〇万単位のヒットがある。残念ながら、能力者が犯す犯罪は、日に日に増えていた。過去二〇年ほどのデータでこの数である。さすがにこれをすべて当たって捜査するのは現実的ではない。


「地域を関西ぐらいに絞ったらどれくらいかな」


 優理音まりねの提案通りにやってみる。


「これでも万切らないよ。オオサカ、だとどうかな」


「あ、七千くらいに減ったね」


「まだ七千かあ……」


 二人はため息をつく。最初のアタリを付けるだけでもこれだ。捜査というものは地味な仕事が多い。能力者対策課は犯罪者が能力者、しかも高レベルの、という事が多い。そのため、能力戦になることを想定しての琴音たちのような能力者捜査官だったが、だからといって捜査手法が変わるというものでもなかった。


「これ、もし能力戦になったらどうなるんだろ」


 過去データベースを見ていると興味は尽きない。中には、有名な事件の犯人やまだ逃亡中の容疑者の名前も見つかる。


 逃亡中と思われる犯人は軒並みレベル六以上の能力者が多かった。能力レベルが高いという事は、必然的に琴音たち公安の追跡を振り切れる可能性が高い、という事になる。


 能力者レベルは公式にはゼロから八まであった。


 レベルはこれまでの研究に基づいた能力者判定基準によって定められており、ゼロは非能力者、それ以降一から八まで、段階がひとつ上がるにつれて、出力が一〇倍ずつ上がっていくとされている。つまり、レベルがひとつ異なるだけでも相当な隔絶があり、レベル一とレベル八の出力差ともなれば一〇の八乗、一億倍という絶望的な格差となる。


 能力者の種類は多種多様であり、これまでの出力単位であるワットや馬力では表すことができず、新たな単位が導入されていた。


 それは能力を使用するときに発生する脳波によって判定され、従来のアルファ波、ベータ波、デルタ波、シータ波とは異なる、能力者特有の脳波の強度によって表され、その脳波を新たにオメガ波、と命名し、能力発動時にその波が高周波になるほど能力レベルが高い、とされている。新たに設定された単位は能力者を現すESPとなった。


 この数値がわずかでもあればレベル一、その後、順次一〇上がるごとにレベルがひとつ上がっていく、という事になる。


三以下は能力と言ってもたいしたことはなく、非能力者を含めた他人に大きな危害を加える心配はない、という程度のものだ。


 もちろんそれでも、包丁を持った人がそれを使って刺せば人を殺せるように、殺傷力が皆無というわけではない。ただ、そのような行為をしたところで容易に制圧は可能であり、一般の警察で扱っても対処できる、と言うのがレベル三以下の能力者だ。


 では、レベル四を超えるとどうなるか。個人差はあるものの、能力の効果範囲が広かったり、瞬間的な力の最大値が高かったりと、『社会に影響するレベル』の力を行使できる可能性がある、という定義になっている。場合によっては、警察が行使できる拳銃レベルの銃器が通用しないこともあり、そういう部分での警察の抑止力の低下が、ピース・ビルドのような組織が求められる原因ともなっていた。


「さすがに、レベル七とか八クラスの前科者って少ないね」


 琴音は本来の目的を忘れて、データベースを検索していた。正直、とても興味深い。


「絶対数が少ないっていうもんね。レベル七を超えると登録ベースの話だけど能力者全体でも、ごくわずかだって。それこそ、一国家に数人レベルだもん。だから、あたしたちの能力制御もレベル六相当になってるもの」


 優理音まりねが首についているチョーカーに触れながら相槌を打つ。これは公安特別部に所属する能力者全員に義務付けられている、能力レベル抑制のための装置だ。二人はチョーカータイプだが、人によって腕時計や、イヤリング、その他身に着ける装飾品に偽装されている。これによって、非能力者主体組織の公安が能力者を制御し、管理している、という体を保っているのである。


「それでだいたい対応できるから、って話か。ま、そりゃそうだよね」


 こういった対応には能力者社会から差別ではないか、という声は昔からある。


 だが、高レベル能力者の『武力』としての側面は否定できず、国によっては軍事転用さえ研究されている力だ。能力の種類やレベルによっては、ちょっとした軍隊ですら制圧しかねないものもあるという。これは都市伝説ともいわれてはいるが、それでも社会の大多数を占める非能力者の不安を取り除くためにも、何かしらの制御があって当然だろう、と琴音と優理音まりねは受け入れていた。 


自衛隊にしても、その強大な武力が無制限に行使される状況を放置したりすれば、それは途端に危険な組織、という事になりかねない。自衛隊であれ公益能力者であれ、文民統制の原則はあってしかるべきだった。


どちらにしろ、議論のつきない課題であり、それらの微妙なバランスの上に、琴音と優理音まりねの信じる正義は乗っかっていた。


「他のチームがどんな条件で絞るかわかんないけど、とりあえずこんな感じかな」


 いくつかの検索条件を試しながら、なんとか二桁まで絞り込む。それでも、これを一つずつ潰していくのはなかなかの作業だった。


 警察公安の仕事は九割が書類仕事か地味な裏取り、とは聞いていたが、実際その通りだな、と思わざるを得ない。


 それでも、こういった地道な作業が社会平和につながるのなら、と思う二人だった。



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