第21話 ナデシコの提案

「連れてきたぞ。話の続きをしてくれ」

「単刀直入に言おう。私はお前たち二人にアメリカへ来てもらいたい」

「却下だ」

「ふむ、やはり一から説明しないと説得は無理か」


 一から説明しても無駄だと思うが、とりあえず話を聞いてやることにした。


「トロイア、お前が求めているのは戦争が真の終結を迎えることだろう? 表と裏の戦争の双方をだ」

「ああ、そうだな」

「お前がなぜ戦争の終わりを求めているのか。私はお前の過去を調べ尽くし、とある結論に至った。十年前、お前の両親はロシアで戦死した。日本政府の無能な采配によって撤退が遅れてしまい、UBWを倒すために使用された反物質爆弾に巻き込まれた。

 なぜ民のために闘う善良な市民が、安全にのうのうと暮らす上流階級どもの尻拭いをして死ななければならないのか。なぜ敵はオビロンなのに人はいまだに殺し合ってしまうのか。そのような青臭い考えに支配されたお前は壮大な計画を立てた。UBWを味方につけ、国連軍を倒し、世界のありとあらゆる国家を転覆させて平和を取り戻す。

 誰もが一度は抱く、いわゆる厨二病的な発想だ。しかし誰も実行には移さない。凡人ならネットに愚痴を書き込むのが関の山だろう。だが、お前はそこで終わらなかった。お前は自分の有能さをふんだんに発揮した。UBWについて調査し、UBWと関わることができる機関に加わり、しまいにはUBWを手に入れてここまでやってくることができた。合っているか?」


 たった数秒の解説で俺の人生の全てを語られた気がする。

 あれ? 俺って数行に収まっちゃうほどの浅い人間だったっけ……?


「まあ、うん。大体そんな感じだな」


 色々と端折られているのは気になるが、細かいことにつっこんでいては話が進まない。寛大な俺はナデシコのリサーチ力を認めてやろう。


「はっきり言おう。お前の作戦は失敗する。お前一人の力では、必ず行き詰まる。全世界の人間を敵に回すような手段では、絶対にお前は目的を果たせない。戦争というものは力を持った者が有り余るほどいるから発生する。お前のやり方では戦争に加担する陣営が増えるだけだ」


 ナデシコの言葉はもっともだった。

 だが、彼女は勘違いしている。

 


「だが一人の強者が圧倒的戦力を手にした場合、事情は変わってくる。絶対に負ける勝負には誰も挑まないだろう? 戦争は意味をなさなくなり、世界は真の平和に到達することができる」

「つまりお前が言いたいのは、俺がアメリカと手を組めば世界を征服できるってことか? 悪いが、俺は両親の仇と組む気はないぞ」


 例え両親の仇ではなくても、正義の名を振りかざしながら一般人を虐殺している国が世界を統一する手伝いなんてするわけがない。


「別にお前と組まなくとも、アメリカはいずれこの戦争を終わらせる。私は勝ち馬に乗れと誘っているだけだ。このままだとお前はいずれ破滅する。アメリカはお前を快く受け入れるぞ。あいつらは実力を持った者であれば誰であろうと隔たりなく接してくれる。人種、宗教、富、家系、容姿、出生。奴らは上っ面のものだけで他人を判断しない。それは人間だけでなく、UBWに対しても言えることだ」


 ナデシコはマインに鋭い視線を送る。


「0号、お前は任務を無事に達成し、UBW探知機能を手に入れることができた。その功績をアメリカは高く評価している。お前は研究資料のUBWではなく、我々の対等な仲間として快く迎え入れられるだろう」

「わたしも仲間……」


 ぽつりと呟くマインの声音は、まるで神託を授かった信者のような、とても幸福感と自尊心に満ちていた。


「逆に、こいつについて行けばお前は孤立するだろう。トロイアが死んだ後、お前は誰とも分かり合えず、永遠に孤独な存在として生きていくことになる。悪いことは言わない。こいつのふざけた幻想に付き合うのはやめたまえ。お前がいなくなれば、トロイアは元のスパイ見習いに戻らざるをえなくなり、それなりに優秀な成績を残して、それなりに幸せな生活を送れる。一緒に心中する必要はない」


 あいつめ。飯をあげるなと言ったり、頑なに0号と呼び続けたり、散々マインの人間扱いされないことに対するコンプレックスを刺激していた癖に、しっかりこいつが求めているものを理解しているじゃないか。

 無神経に映っていた行動は意図的で、実は相当な策士か。

 さすが本物のスパイ。やり口がエグい。


「おい、マイン。こいつの言うことをあまり真に受けるなよ。あいつらはお前を研究所に幽閉してた連中だぞ。お前がまた必要になったから受け入れるっつてるだけだ。そんなものは仲間とは呼ばない。よくてビジネスパートナー、悪くて都合がいい女だ」

「ふむ、まあ私の言葉を信じるか信じないかはお前ら次第だ。強要はしない。だが、これだけは心得ておけ。このまま進んでも、お前らは何もなし得ずに世間から除け者にされるだけだ。たったこれだけの戦力で何ができる? 例えUBWを増やすことができても、お前一人の指揮ではできることに限界がある。トロイア、お前が戦争を終わらせるのは無理だ」


 ナデシコがそう断言すると、思わずくすりと笑いが漏れた。

 まさかナデシコとあろうものが、こんな根本的なことを見誤るとはな。


「ナデシコ、お前は一つ勘違いをしている。戦争を終わらせるのは俺じゃないし、アメリカでもない」

「では、なんだ? 井の中の蛙そのものである日本が成し遂げるとでも言いたいのか? 私を失笑させるな、トロイア」


 彼女は俺の動機、そして目的を理解している。

 だが選んだには気づいていない。


「最後に勝つのはオビロンだ。俺はそれを早めるために動いている」

「……どういう意味だ?」


 眉を顰め、ナデシコは俺を睨む。


「俺は人類が人類を統治すること自体が間違っていると思う。考えてみろ、牛が牧場を経営できるか? 無理に決まっている。どれだけ大きくても、どれだけ強くても、牛は牛以上にはなれないんだよ。その点、オビロンは現代の人類を遥かに凌ぐ技術力を持っている。当然、知能も人類がまだ至っていない水準に達しているはずだ」

「何が言いたい?」

「おいおい、まだわからないのか。結構わかりやすく説明したつもりなんだがな。俺はな——



 ——オビロンこそが、この世界を統治すべきだと思っている」



 驚きか、呆れか、それとも困惑か。

 ナデシコは口をポカンと開いていた。

 彼女がこれほど締まらない顔をするのをうかがえたのは、これが初めてかもしれない。


「トロイア、正気か? お前はあいつらのことを何も知らないのだぞ? 家畜のような扱いを受けることになるかもしれない」

「ああ、そうだな。だが、現状を見てみろ。人類の頂点に立つ人間が信用できないことは、とっくに確定している。一般市民の扱いなんて家畜そのものだ。それなら未知の生命体に未来を託すのも悪くないと思わないか?」

「お前は人類の行く末をサイコロに委ねたいのか!?」

「泥舟に乗り続けるよりはマシだろ」


 信じられないとでも言いたげにナデシコは頭を左右に振り、額に手をやった。


「そうか。それがお前の結論か。幻滅したよ。とはいえ悪いのは日本人ごときに少しでも期待した私か」


 ナデシコは残り少なくなりつつある携行食をリュックから三個掴み取ると、それを口に放り込んでボートの隅に座り込んだ。


「あの……」


 マインが何かを言いたそうに、こちらを上目遣いに見てくる。

 猿のぬいぐるみを胸の上でぎゅっと抱きしめ、どこか複雑な表情をしている彼女が悩んでいるのは明白だった。


「人間と戦わなくても、人間と仲良くなれるなら、その方が良いと思いませんか?」

「マイン、全ての人間とわかり合うのは幻想だ。他人を虐げてでも生きようとする人間が存在する限りはな。だから戦いを終わらせるための戦いは必要なんだ」

「そう……でしょうか?」


 彼女は納得していないようだった。

 誰よりも人を簡単に殺せる彼女が、誰よりも平和を願っている。

 その矛盾は俺を罪悪感で蝕む。


「先へ進むために、わたしは必要ですか?」


 その問いは俺の胸中をざわつかせた。

 だから俺はわざと聞こえなかったふりをし、答えなかった。



 ——それは間違いだった。

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