第11話 戦車っ子と追いかけっこ


「早速、作戦開始だ! 俺があの戦車を惹きつける。ナデシコはトラップを設置しておいてくれ」

「任せておけ」

「マリアンヌ博士はマインと安全な場所で待っててください」

「わかったわ。頑張ってきてね」


 茂みの中から颯爽と飛び出し、うろつく戦車の前に姿をさらす。


「おい、こっちだぞ! 俺に追いつけるか?」

「みーつけた! わーい、鬼ごっこだー!」


 釣られたUBWは無邪気にキャタピラを回し、凄まじい勢いで迫ってくる。

 ゴーグルの計測は時速四十キロ。加速すれば六十は超えるだろう。

 普通に走れば確実に追いつかれる。


 だが見たところこいつには弱点がある。

 戦車らしく小回りが効かず、加速も鈍い。

 ならば直線勝負を避け、狭い地形へ誘い込めばいい。


 俺はくるりと振り返り、突進してくる戦車に真正面から向き合った。

 キャタピラが泥を跳ね上げ、轟音と突風が迫る。


 5、4、3——今だ!


 ギリギリで身を翻し、真横へ飛ぶ。

 戦車が横を通過する風圧に肝を冷やしつつも、接触は免れた。

 獲物を狩り損ねたことに気づいた戦車はキキーッと甲高い音を立ててブレーキするが、俺はすでに逆方向へ駆け出している。

 キャタピラはタイヤのように滑らないので素早く減速できるが、Uターンするにはしばらくの時間を要する。


 その隙を突いて、俺はトンネルへ飛び込んだ。

 曲がりくねった細い隧道。あの巨体で最高速度を維持できるはずがない。

 俺の足でも時間稼ぎは可能だ。ナデシコの準備が整うまで、ここで粘ってやる。


「もー! お兄ちゃん、待ってよー!」


 俺の目論見は正しかった。トンネルの分岐を何度も往復しているだけだが、余裕を持って逃げ続けることができている。

 圧倒的な科学力を誇るUBWが、人間ごときの猿知恵に振り回されるとはな。


「むー! つまんなーい! やーめた」


 なかなか追いつけなくて飽きてしまったらしい。

 ガガガガと鳴り響いていたキャタピラの轟音が止まった。

 そろそろナデシコから準備完了の通知が来るだろうし、一旦外に出──



 ドッガァーーーッンンン!!!!!



 地面が爆ぜ、トンネル全体が震えた。

 頭上の天井にヒビが走り、土砂がぱらぱらと降ってくる。


(崩落する!)


 俺は出口を目指して全力で駆け出し、瓦解する直前にどうにか外へ飛び出した。


「お兄ちゃーん、見ーつけた!」


 土煙の中から現れた戦車は、悠々と砲塔をこちらへ向ける。

 あれは飾りじゃなかったのか。


「いっくよー!」


 爆音と共にぶっぱなされた砲撃が足元に着弾し、爆風に体を吹き飛ばされる。

 地面に落ちた時の衝撃を和らげるため、俺は空中で咄嗟に身を丸めた。


「がはっ!」


 背中を強打し、そのまま坂の下まで転げ落ちる。

 全身には焼けるような痛みが走っていた。

 それでも歯を食いしばって起き上がり、泥を吐き出す。


 スーツが少し傷ついているだけで外傷はなし。ゴーグルも生きている。

 直撃なら死んでいたので、吹き飛ばされただけでよかった。


「お兄ちゃーん、大丈夫?」


 坂の上から戦車は呑気に俺の無事を確認してくる。

 誰のせいでこうなったと思ってるんだ……。


『トロイア、準備ができたぞ』


 ゴーグルの通信機越しにナデシコからの報告が届いた。

 やっとか。グッドタイミングだ。

 俺は「すぐ行く」と返事を返し、ナデシコとの合流地点へ走り出す。


「あー、待ってよー!」


 案の定、戦車も坂を転がるように追ってきた。素直で助かる。


 次の舞台は足場飛びエリア。

 深い穴の中にいくつもの細い棒がそびえ立つ障害物だ。

 ナデシコには先回りをして落とし穴を設置してもらっている。

 底の安全ネットを地上まで引き上げ、上から枝や落ち葉で覆った即席トラップだ。

 俺が戦車を誘導して踏ませれば、重量オーバーでネットが破れ、戦車は真っ逆さまに落ちる。

 周りの壁は垂直なので、あいつは出られなくなるはずだ。


 王道すぎる作戦だが、見た感じ、あのUBWはあまり察しが良さそうではない。

 あっさりとハマってくれるだろう。


 しばらく走ると、目印の怪しすぎる落ち葉の山が見えてきた。

 俺はその上をさっと駆け抜け、振り返って大きく手を振る。


「おーい、こっちだぞ!」

「待て待てー!」


 疑うことを知らない素直なやつだ。


 ──そう思った次の瞬間、俺は目を疑った。

 UBWはネットの上を踏み抜くこともなく、まるで舗装道路の上を走るように真っ直ぐ突っ込んでくる。


 場所を間違えたか? いや、さっき確かに網の感触を踏んでいた。


「ナデシコ! 罠はここであってるよな?」

『そうだ』


 冗談だろ……。銃を水風船みたいに潰せる戦車が、網の上を平然と渡るなんて。


 ともかく、作戦変更だ。

 現実に起きたことに文句を言っても始まらない。


 俺は林の中へ突っ込み、ショートカットして次の障害物へ。

 目指すは流水プールだ。今は稼働していないが、水深は十メートル。

 鉄の塊なら沈んで二度と上がって来られないはずだ。


 視界が悪い林の中を突っ切っている理由は二つある。

 一つは追っ手を惑わすため。

 もう一つは木々が前方の光景を隠すからだ。

 つまり、直前までこの先にあるプールは見えない。


 俺はプールの近くで林を抜け、水の中へ飛び込んだ。

 派手な音を立ててしまったが、後ろのUBWは減速する気配もない。

 あいつがただ不注意なだけかもしれない。

 だが、何となく嫌な予感がした。


 対岸側まで泳ぎ、水から上がると、同時に戦車が林の中を突っ切って飛び出してきた。


 そして──ためらいもなくプールへ突っ込んだ。


 だが沈まない。船のように浮かびすらしない。



 



 なるほど、あいつはキリストだったのか。さっきから奇跡ばかり起きるわけだ。

 銃を潰せるほど重く、土砂崩れにも潰されないほど頑丈。

 なのに網の上を渡れて、水面すら走るほど軽い。

 物理法則ガン無視。現代科学で説明できるはずがない。

 この調子じゃ、クライミングウォールだって軽々と登りそうだ。


 ──いや、待てよ?


 あのを逆手に取れば……。


「ナデシコ、クライミングウォールへ向かうぞ」

『そこへ行ってどうする?』

「あいつを壁の上まで登らせるんだ」

『あの戦車の常識を逸脱したオールテレインっぷり。確かに登れてしまいそうだな。だが、それに何の意味がある?』

「壁を切り倒して、あいつごと地面に落とす。ラワン合板と補強用の縄ぐらいなら俺の小型レーザー照射機で切れるはずだ。あのキャタピラはどんな地形の上でも走れるみたいだが、戦車ごとひっくり返せば止まるかもしれない」

『面白い、私好みの作戦だ。乗った。しかし少々荒々しすぎてトロイアらしくないな。豪快に学園の所有物を破壊してしまってもいいのか?』

「思うところがないと言ったら嘘になるが……、さっきトンネルを破壊された時に何かが吹っ切れた。あいつが走り続けたら間違いなく被害が広がる。多少の損害は必要経費と割り切る」

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