語り手語る怖ァ怖ァ。

庵野 エトセトラ

1杯目

 とある話なのです。噂話です。イヤイヤ、とびきり怖ァ怖ァ話でございまする。ああ、すみません。とびきりではございませんでした。タダまァ、怖ァ怖ァことは、確かにございます。エエ。アレはアレは、そうそう。ひどく湿度の高い夜間でございやしたねェ、はい。エエ、はいはい。噂話でございます。噂話でございますから、時々嘘もまざりんしょう。ですからきっと、作り話でごぜェやす。実体験ではございませんで、エエ。

 ですからね、湿度の高い夜間の話でしてね。蚊ァもとぶような、ぬるぅぬるぅ温度の日々でございましてね。

 そして、月もまぁるくまぁるく、禍々しく赤ァ赤ァ月でごさいましてね。その赤ァ月の光は、まァ気味の悪ゥものでございまして。

そんな日の話でございましてね、ハイ。

 とある男は、それはそれはそんな日に、1人きりで歩いておりました。歳はそうですね、大学生かそこらの年齢でございましょう。木々がひしめき、ザワザワと音を立てておりました。ああ、木々がひしめき合っていると言いましても、住宅街の中でしてね。木々と言いますのは、誰か知らぬ何某様の庭の木々でございます。

 この男の家というのは、このザワザワとする木々の植っている家を横切って、5分歩いて辿り着く築何年も経ちますアパートにございましてね。だから、この家の隣というのを、赤ァ月に見守られながら、横切らねばならないのですがね、ある晩、思ったそうなのですよ。

「なにかいるなぁ」

 イエイエ、男は気配を感じただけで、そのなにかを目撃したわけではございません。

ただ、見えないものが、ふっと、見えてしまう瞬間なるものが、人、誰しもあるかと思いまする。ですからね、月の赤ァ赤ァ日にたまったま、気配を気取ったのだと思います。ただ、その日というのは気のせいだったなァと、ただただ横切って終わったのです。呑気に、先輩から教えてもらった音楽は、実に微妙だなァなんて思いながら。ああ、すみません。先輩からもらった音楽の、の下は、ただわたくしめの予想にございます。そんな予想立てをするには、酷いと思われるかも知れませぬが、仕方のないことと思うのですよ。わたくしは。だって、あんなにも呼ばれていましたのに、「なにかいるなぁ」と言う感想ですませたのですから。エエ、仕方のない事です。

 さて、数日後にですね。同じ事が起こったそうなのですよ。その日も赤ァ赤ァ月でございましてね、湿度も高くあったのですよ。そんな日にですね、男は件の家を横切ったのですよ。イヤフォンはですね、残念ながら。残念ながらですね、壊れてしまったようで、両の耳には繋げておりませんでした。ですからね、ようやっとわかったようなのですよ。

 アレがそこにいることに。

男は見たのです、目撃したのです。ザワザワとした木々の隙間に。ああ、隙間はないのです。厳密に言えば。だってね、その隙間にはギョロリぐるりと、目玉があって。そうです、隙間と言う隙間は、目玉で埋め尽くされていたのです。だからね、ほら、隙間なんてあるわけがないでしょう。

とにかく、とにかくですね。男は、それを見てしまったばっかりにですね、自分がなんだか現実にいる心地がしなくなり、手足が震えて、仕方のなかったようでしてね。喉も、人の話す言語ではあったのですが、何ら意味の持たぬものを引っ張り出して、発音したようで、何を言ったかなんて言うのは、一切わからなかったのですがね。男はとにかく、逃げねばならぬと、自身のアパートまで走り去るのです。アスファルトを蹴る自身の靴音が、やけに大きく大きく聞こえたみたいでございましてね。アパートについても、暫く暫く、心の臓が跳ね上がって言うことを聞かなかったそうなのですが。その日は、さっさと風呂に入って寝たようなのです。

 翌日その家の横を、怯えながら通ったようなのです。実際のところ、どうだったのだろうかと。

 すると、どうしたことか。そこに家なんかなかったのです。木はありましたがね。ただ、その木、枯れていたのです。ですからね、ざわめかないのです。隙間という隙間から目玉が覗くわけがなかったのです、だって隙間だらけでございましたからね。

 ですからね、男は奇妙だなァ、珍妙だなァと頭を悩ませてしまったようでしてね。しかし、ハッとしたのですよ。決まって、何某様の家の庭に気を取られるのは、あの、赤ァ赤ァ月がテラテラと輝いていた時でございましてね。けれど、不可思議不思議に足を止めていましては、用事も済ませられぬと、そこを男は後にするのです。

 と、言いました所で、噂はしまいにございます。まァまァ、ごくたまに、違うものが混ざってしまうことは、多々ござりんしょう。ほら、探し物ほど、身近で見つかりにくいでしょう。

 さて、話も終いになりましたことで、これにて、失礼。おかわりは?

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