第2話
ベルがなり、昼食の時間になる。
学生たちと同じように、食事を摂りにやって来た担任が、私の横を通り過ぎるついでに聞いた。
「最近どう? 大丈夫?」
『大丈夫』
ナプキンにそう書いて伝える。
「そう。何かあったら、いつでも言ってね」
私はゆっくりと頷いた。
今日のランチは海藻とタコのスパイシーソテーだった。
皿は、浮かないようにテーブルに固定されている。うまく引っ掛けるところがあるのだ。
皿の上に置かれた、タコは少しずつ浮いていく。慌ててフォークでそれを食い止めた。
私はカフェテリアでクラスメイトの会話に聞き耳を立てていた。
「最近、家のゴミが漁られてるんだ」
「やだ〜!」
「魚よけネット張ったら?」
「う〜ん、週末買いに行こうかな」
「あたしも行きた〜い! ついでに行きたいお店あるんだけどさぁ」
「えー!! コレ知ってる! 流行ってるやつじゃん!」
「結構待つんじゃない?」
「いいじゃない、並べば」
雑談を聞きながら、私は黙々と食事をしていた。誰よりも早く食べ終わり、食器を返却口に戻すと、席を外した。
またある日、いつも通りマリンに会いに行った。
彼の姿が見えて、駆け寄ろうとした時、彼が何か言っているのが聞こえた。
足を止めてよく聴いてみると、彼は喋っているのではなく、歌っているのだと分かった。
私の知らない、どこかの国の言葉だ。寂しいような、悲しいような。胸が締め付けられるようだった。でも、どこか懐かしいような、そんな曲調。
「……居たなら、声掛けてくれれば……いや、なんでもない」
聞き惚れているうちに、いつの間にか彼の近くに立っていた。
彼はこちらに気がつくと、照れたような素振りをして見せた。魚の気持ちなんて分かるものかと、少し前まで思っていた。しかし、彼は体を駆使して感情を表現するし、表情も他の魚と比べて分かりやすいように思う。
話し方や声のトーンにも、それは顕著に現れていた。
『なんの曲?』
「遠い昔、陸の人間が漁船で歌っていたんだ。俺も、歌詞の意味までは知らない」
『続けて』
「え〜……」
彼は少し躊躇ったけれど、1呼吸ついてから、続きを歌い始めた。
私たちは、何とも不思議な関係だった。
喋れない半人魚と、喋れる魚。お互い気を遣わなくて良くて、ふたりでいると居心地がいい。
後から思えば、紛れもなく彼は私の友人だった。
毎日のように、私は彼の元に通う。
夕飯の時間が近づけば、別れを告げて家に帰る。
マリンは歌が上手。
知らないどこかの国の歌。私に意味は分からないけれど、めいいっぱいの拍手をする。リズムに合わせて、体を揺らす。
私は、彼の話を聞くのが、彼の歌を聴くのが、他の何をするより好きだった。彼と一緒にいるのが、他の誰といるより好きだった。
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