25.伝える努力

 球技大会当日、俺達のチームは順調に初戦に勝利。


「うわあっ! 白石さんが転んだーっ!」


 試合がない合間に体育館に赴き、白石さんのチームの試合を見ていたら、丁度白石さんが転ぶ場面に出くわした。

 どうやら白石さんは運動音痴だったらしい。


「鬼軍曹、可愛いところもあるんだな」

「な。ちょっと萌えたわ」


 そんな白石さんの様子を見ていた幾人かの男子が、しょうもないことを隣で宣っていた。


「ひっ」


 俺は気付いたら、そいつ等に睨みを利かせていた。

 いかんいかん。

 こんなことをしていたら、またいじめ加害者なんて汚名を頂戴することになる。


 とりあえず俺は、白石さんチームの子に保健室に連れていかれた白石さんの様子を見に行くことにした。

 保健室の扉をノックすると、丁度白石さんを運んだ女子が部屋を出るところだった。


「何?」

「え?」

「……さくらちゃん目当て? 弱みに付け込もうって魂胆? そういうの、やめた方がいいよ」

「……そんなんじゃない。膝を擦りむいたら絆創膏をもらいに来た」


 実際、さっきの試合で俺は転ばされていて、膝には傷があった。


「……言っておくけど、さくらちゃん、好きな人いるみたいだから」

「何の忠告だよ」

「……ふんっ」


 ……どうやらクラスメイト達にはいじめ加害者という誤解は解けているようだが、それ以外の生徒は未だ、俺を問題児として扱っているようだ。


「失礼します」


 とりあえず絆創膏をもらうため、俺は保健室に入った。

 保健室の教員はいない。

 俺は勝手に絆創膏をもらい、ついでに白石さんのいそうなベッドを探した。


「……あ、槇原君」


 白石さんは右足を伸ばしてベッドに腰かけていた。

 右ひざには結構大きめの擦り傷がついていた。


「足、大丈夫?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 一体、何のお礼だろう。


「……槇原君、もしかして試合、見てました?」

「うん。バッチリ」

「……忘れてくださいね?」

「無理でしょ」


 あんな場面、忘れたくても早々忘れられない。


「……白石さん、運動苦手だったんだ」

「意外でしたか?」

「うん。うーん。うん?」

「どっちですか?」


 どっちなんだろう。

 どっちでもイメージ通りな気がしてきた。


「……槇原君は試合に勝ちましたか?」

「うん。まあね」

「……ひざ、ケガしてますね」


 白石さんは立ち上がろうとするも、バランスを崩しかけて俺にもたれかかってきた。


「座ってなよ。自分でなんとか出来るから」

「……ごめんなさい」


 白石さんはいつになくしおらしい気がした。


「もしかして落ち込んでる?」

「……はい」


 白石さんは頷いた。


「あたしのせいで、人数不足でウチのチームは敗退になっちゃいましたから」

「……責任感じてるんだ」

「はい……」

「そっか……」

「……皆に、嫌われちゃったりするんでしょうか?」

「ん?」

「いつも偉そうなあたしが、足手まといになった上で役立たずで敗退したんですよ? 普通、怒りますよ」

「……うーん」


 多分、さっきの白石さんを介抱したであろう女子の態度を見る限り、白石さんのチームメイトが彼女を嫌うことはないと思う。


 そもそも、球技大会にかける思いなんて人によって個人差がある。

 優勝を目指すものもいれば、別に適当でいいものもいれば……異性にモテたいというだけのものもいる。


 そんな各々が各々の目標を持つ球技大会で、一人の戦犯を責める人も早々いまい。


 ……俺はそれをクラスメイトのおかげで知ることが出来たのだが、多分、白石さんに同じことを言っても響かない気がする。

 彼女は嫉妬深く狡猾で……責任感が強いから。


「……他の皆が君のことを嫌いになっても、俺はそうじゃないから安心しなよ」


 ふと、白石さんから似たようなセリフをもらったことを思い出して、俺は言った。

 白石さんは、驚いたように目を丸くしていた。


「……槇原君」

「ん?」

「今の君はいつになく素直なので。今ならなんでも出来る気がするので。赤色違反切符を切ってもいいですか?」

「じゃあ、俺そろそろ試合だから」

「うわーん! 嘘! 嘘です!」


 嘘でもついていい嘘と悪い嘘があるだろ。

 この子は本当……まったく。


「……嘘、ですけど。約束は守ってくれますよね?」


 約束。

 球技大会で活躍すると言う約束。


「うん。するよ」

「……後で見に行きますね」

「うん」


 その後、俺達のチームはトーナメントを順調に勝ち進んでいった。

 そして、ついに決勝戦の舞台にまで勝ち上がることが出来た。


「そろそろ二年五組と三年一組の試合を始めまーす」


 男子サッカーの決勝戦は、今回の球技大会のメインイベントなのか……女子バスケの試合スケジュールも含めて一番最後の時間に組まれていた。

 そして、決勝戦ともなると、程ほどに観客が試合を見に来ていた。


「マジで決勝戦まで来たなー」

「うん。そうだね」


 飯沼君は感慨深い様子だった。

 まあ、それは俺も同じだった。

 球技大会が始まるまでの間、俺達は毎日放課後に校庭でサッカーをしていたが……やっていたことといえば、練習という名を冠したただの遊びだったからだ。


 とはいえ、他のチームは球技大会に向けて練習さえしなかったし、多少のアドバンテージがあったことは事実だろう。

 飯沼君が事前練習をしようと提案したことが、ここまで勝ち進めた一番の功績だろう。


 しかし、決勝戦の相手は三年生。

 体格も僅かに向こうの方が良いし、これはまた苦戦を強いられそうだ。


 ……でも、絶対に勝って見せる。


「……おうい、あいつ、槇原じゃね?」


 意気込む俺の耳に、三年生達の呟きが聞こえてきた。


「うわ、マジじゃん。あいつ試合に出るのかよ」

「……姑息なプレーとかされそうだな」

「つうかさ、何平然と試合に出てんだよ」


 ……三年生の呟きは、今日一日、腐る程聞いてきた苦言だった。

 

 彼らに似たような人間を、俺はSNSを通じてたくさん見てきた。

 真実を知らない癖に、正義を掲げて、他人を攻撃する偽善者を……。


 そういう連中を見て、怒りを覚えた回数は数知れない。

 そして、そういう連中を見る度、こうも思ってきた。


 ……あいつらも、俺と同じ目に遭えばいいのに、と。


 間違っていないのに罪を擦り付けられて。

 誰も助けてくれなくて。

 匿名者から無責任な誹謗中傷を浴びて。


 色んなものを失って……。


 ……俺が味わった不幸全て、お前等も味わってみろ。


 そう言ってやりたくて仕方がなかった。


 ……でも、今は少し違う。


『でも、あたしは腹が立たないです』


 とある人のおかげで……俺は気付くことが出来たんだ。

 結局は全て、俺の努力不足だったんだ。


 わかってもらうことが出来なかった。

 わかってもらうことが出来なくて、罪を擦り付けられて、失って後悔して、悲しくなって……。


 でも、彼女は俺をわかってくれた。

 クラスメイトは俺の人間性を理解してくれた。


 ……全員は無理かもしれない。

 でも、伝える努力を怠らなければ、いつかきっと気付いてくれる人がいる。


「うおおおっ! 槇原、ハットトリックだーっ!」


 俺がすべきことは、一人でも多く……。少しでも多くの人に、気付いてもらうことだったんだ。


 気付いてもらえるように、伝える努力を惜しまないことだったんだ……。


『槇原君。もしテスト勝負であたしが勝ったら……学年順位を皆に公表してくれませんか?』


 今なら少しだけ……白石さんがこの前の中間テストで、俺にあんな提案をした意味がわかる気がする。


 彼女はわかっていたんだ。

 俺が伝える努力を怠っていることを。


 俺が伝える努力を惜しまなければ、きっと気付いてくれる人がいることを……っ!


 ……だから、これからは惜しまない。


 俺は自分の行いで、俺のことを認めてもらうんだ。


 ……一人でも多くの人に。


 俺はいじめなんてするような姑息な人間ではないと……。

 俺はたくさんの友達に恵まれた幸せ者だと……。



 俺は、白石さんの恋人に相応しい男だと……。



 ……そう、認めてもらえるように頑張ろうと思う。


 試合終了のホイッスルが校庭に響く。

 試合は三対一で俺達のチームの勝利で終わった。


 歓声が沸く校庭で、俺は彼女に手を振った。

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