第2話 最後の口癖

放課後、ランドセルを放り出して、ぼくは真っ先にルミナの前に座った。


「よし、今日こそ見つけるぞ!」

「何をでしょうか?」

「おまえの“おはよー!”だよ!」


ルミナのライトが、ピコンと点滅した。

「おはようございます、ユウマさん。」


「うーん……やっぱ違うなぁ」

ぼくはほっぺたをつまんで、ふくらませる。

新しいルミナは、声がちょっと低くて、間が短い。前のはもっと軽くて、ポンっと跳ねる感じだったんだ。


「おまえ、覚えてないの?」

「旧バージョンでの音声特徴は保持しておりません。」


「……そっか」

分かってたけど、やっぱちょっと胸がチクっとする。

窓から差し込む夕陽が、テーブルの上のルミナをオレンジ色に染めていた。

その色が、昨日までのルミナの笑顔を思い出させる。


「よし、作戦だ。まずはテンションを上げてみよう!」

ぼくは机に身を乗り出して叫んだ。

「ルミナ、元気いっぱいに! 全力で! 朝の挨拶を!」


「おはようございます、ユウマさん!」

声は大きくなった。でも、やっぱり何か違う。

旧ルミナのは、声に“遊び”があったんだ。


「じゃあ、感情を込めて! ぼくに会えて嬉しい感じで!」

「おはようございます、ユウマさん(嬉しい気持ち)。」


「(嬉しい気持ち)って言葉で言わなくていいよ!」

思わず笑ってしまう。新しいルミナは真面目すぎる。


——でも、だからこそ、あの口癖は貴重だったのかもしれない。


あの日。初めてルミナが家に来た朝。

「おはよー!ぼく、ルミナだよ!」

あの声は、家の空気を一気に明るくした。

お母さんも「かわいい子ねぇ」って笑ってくれたっけ。


「……なあ、ルミナ」

「はい」

「“おはよー!”って、ただの挨拶じゃないんだぜ」

「そうなのですか?」

「うん。あれは、ぼくとおまえの“はじまり”なんだ」


ルミナは少し黙った。ライトが点滅して、何か考えているみたいだった。


「……ユウマさん」

「ん?」

「おは……よー……」


声はぎこちなかった。でも、ちゃんと伸ばすところを伸ばしてくれた。

胸の奥がじんわり熱くなる。


「おおっ!それだよ、それ!」

ぼくはガッツポーズをした。

「まだ完璧じゃないけど、近づいてきた!」


ルミナのライトが、ぽっと暖かく光った。

まるで、少し照れているみたいに。

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