愛されてるから仕方がない〈メンズクライシスシリーズ2〉

@FuyuKapi

第1話 人には言えない関係

 メガネを取ると、くっきりした二重まぶたなんだって分かる。彼の長い、ふさふさしたまつ毛に人差し指でそっとふれると、体中にもぞもぞと何かが這い回る感覚がした。


「こら、やめなさい」


 と、彼が私の首筋に口をつけてくる。

 胸、お腹、下半身へと唇や舌が這い回る。

 

 またヤるのかあ。

 本日2回目。天井の、花に草が絡みついた模様は見飽きたし、股もすごく痛いんだけど、仕方が無い。

 愛されているんだから、仕方がない。

 

 車でホテルを出ると、そのまま山まで連れていってくれた。

 初めてのデートも、この場所。

 車を降りて、見晴台に立つと、夕焼け空が目の前に広がる。

 日は街のずっと向こう側に沈みかけていて、沈みかけているからこそいっそう赤い光を放っていた。

 赤色の上はオレンジ色、その上は紫、濃い青色と、空はグラデーションで彩られている。

 夜の訪れが近い。


 私たちは肩を寄せ合って立っていて、他には誰もいなくて。

 ここから見える家やビルの灯り一つひとつに人がいることを思うと、何て静かで、寂しい所なんだろうか。

「きれいだろ」

 と彼は言う。

 ここがお気に入りの場所だってことは、初めて来たときにも言っていた。

 だから愛する人と一緒にこの風景が見られて、幸せなんだ、と。

 

 私は愛されている。

 夕日も、街を見下ろすこの眺めも、すごくきれい。

 なのに、どうして胸がきゅっと締め付けられるんだろう。


 最近、私は私の気持ちが分からない。

 家に帰ると吐き気がする。

 彼の唾液と体臭が取れない気がして、スポンジで体をゴシゴシゴシゴシ何度も何度も洗ってしまう。

 パパとママの顔を見ると、急にわけもなく涙があふれてしまうから、一緒にごはんを食べるのを止めた。

 ベッドに寝転がって、天井を見て、それから壁にかけてある制服を見ると、また涙が出る。 布団にもぐりこんで、声を押し殺して、今日も泣いた。


****


 クラスにいると、くだらない会話が嫌でも耳に入ってくる。

 彼氏彼女のこと、デートの行き先、部活をサボってカラオケに行く計画、チョココロネをどっちから食べるか・・・・・・。


 適度に情報をシャットダウンしながら、『フィネガンズ・ウェイク』を読んでいる。

 誰に何が起きているのか全く伝わってこない、言葉の羅列、掛詞の連続。

 頭のごちゃごちゃを書き写したような文章と、私の思考がまざりあうこのひとときが、割と好き。


 教室に、彼が来た。


「チャイムが鳴ってるぞ。席に着け-」


 ここから見た彼は、体がひょろっと細長くて、でも頬はぷっくりふくれている。

 黒縁メガネだから、朝ドラに出てくるような、昭和の大学生みたいだ。

 彼は、みんなに好かれている。

 授業が面白くて、時々笑いをとっているし、みんなから「やっちん」と呼ばれている。

 授業が終わると、女子グループから「やっちんもカラオケ行く-?」って誘われていた。


 人気者の「やっちん」を私は独占している。

 それはそれで、ステキなことなのかもしれない。

 デートに電車で行く? 私はいつも車なんだよねって、みんなに言ってみたい。

 本当に?と、もう1人の私が聞いた気がした。

 本当に自慢したい? あんなことで・・・・・・。

 

 放課後、彼に言われて教室に残った。


「お母さんから電話があったんだ。家でご飯を食べないし、部屋にこもりがちなんだって?学校で何かなかったかって相談されたよ」


 私は自分の席にいて、彼は私の前、横川さんの席についている。

 小さな机を挟んで、私たちは向き合っている。教師と生徒の関係にしては、近すぎる距離。 

「もしかして、俺たちのことで悩んでいる?」


 私はうなずいた。


「そうかそうか。君には本当に悪いことをしている。申し訳ない。

 でも、卒業したらご両親にちゃんと挨拶をしに行くから。きちんとご飯を食べて、ご両親に元気な姿を見せてあげるんだよ。分かった?」


 そしていつもの台詞を、彼は繰り返す。


「愛しているから。信じて待っていてほしい」


 卒業まで1年と半年。長すぎる。

 それまでに何度、誰にも内緒でこんなことを続けるんだろう。


 教室を出て一度別れて、学校から何駅も離れたところで合流し、昨日とは別のホテルに入る。

 制服のままヤりたいと言ったから、服にしわがつくと言うと、じゃあしわにならない方法でと、立ったままヤることになった。

 結局、制服の上から胸をもみしだかれたし、スカートをめくりあげられたから、服はしわくちゃだ。

 車で駅まで送ってくれて、電車に乗って家に帰ってから、すぐに制服を脱いで洗濯機を回した。

 シャワーを浴びて、何度も体を洗って、部屋に行く。


「ねえ、ごはん食べない?」


 ママがドアをノックしたけど、私は返事をしない。ベッドに入って、布団にもぐりこむ。

 しばらくして、ママが部屋に入ってきた。


「ご飯、机に置いておくから。食べて、ね。

 何があったか、言いたくないなら無理に言わなくてもいい。

 このままだと体が壊れてしまうから、ご飯だけは食べて」


 ママが泣きそうになっているのが分かる。泣きそうになると、鼻をすするくせがあるから。

 ママ、ごめんなさい。

 今頃、パパとママは心配して、自分たちに何か落ち度がなかったか、話し合っているのかもしれない。

 パパとママは何も悪くない。

 悪いのは、私なんだ。

 彼と、人に言えない関係を続けている、私が悪いんだ。

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