第4話


 「閣下、本当にお考え直しいただくことはできませんか?」

 

 地球へ到着してから約3時間後、これから艦隊を動かして地球へ向かうぞ、と言うところでセリーナから声をかけられた。

 

 「何度も言わせるなアトルノ。もう決めたことだ」

 「しかし閣下、やはり危険が伴います。閣下の身になにかあってからでは遅いのです」

 

 4日と少し前、俺はヴァルクら遠征軍幹部との会議で地球の、とりわけ日本に集中した外交方針を示し、俺自身も地球へ降下すると伝えていた。

 まぁ、降下するといっても実際にやることは日本に密入国して少し観光するというのが正直なところだが...。

 

 「危険危険と言うがな、そもそも地球の技術力では船外活動用の防護フィールドすら破れないだろう?それなのにどうして俺の要人警護用パーソナルシールドを突破できるんだ」

 

 セリーナの心配も理解しているつもりだ。格下の文明とはいえ、宇宙に人を送り出せるだけの技術は持っているし、今はいつ全面核戦争になってもおかしくない程には野蛮な文明だ。

 だが、そもそも俺は先行艦隊の降下と同時にステルス艦で日本へ密入国して、少し観光して来ようとしているだけだ。

 もちろん護衛は連れていくし、そもそも地球側が俺の密入国には気づけない。気づいていないのにどうやって暗殺などできようか。

 

 「ですが...」

 「首席秘書官殿、貴殿の懸念も理解できるが、アルス様の警護を預かる我々のことも少しは信用していただきたい。我々は陛下の近衛にも劣らぬと自負しております」

 

 尚も食い下がろうとするセリーナに対して、俺の後ろに控えていた警護隊長のゼァルフがやんわりと窘める。

 それを聞いてこれ以上食い下がるのは良くないと考えたのか、セリーヌはあてつけるようにため息をひとつつくと、くれぐれも気をつけて下さいと言って折れてくれた。

 

 「では准将、先行部隊を地球へ向けて移動させろ。俺もすぐに地球へ降りる。セリーナ、地球に動きがあった場合はすぐに知らせろ」

 「はっ!無事のご帰還をお待ちしております」

 「閣下、くれぐれもお気をつけくださいませ」

 

 艦列から1000隻余りが地球に向けて移動を開始したことを横目で確認し、ふたりに見送られながらブリッジを後にする。

 小型のステルス艦――ステルス性能を付与した揚陸艦という表現の方が正しい――がある格納庫へと移動する道すがら、ゼァルフが選抜した地球人に近い容姿の警護隊員3人と、侍従長のグレイヴが選んだこちらも地球人に近い容姿のメイド2人が合流してくる。

 地球に降下するにあたってホログラムによる変装をするが、実際に触れた時に差異があるとバレるために地球人に近い容姿の者を選んでくれたのだろう。

 

 「全部で8人か、まぁまぁ多いな」

 「アルス様、御身のお立場を考えますと、これ以上は...」

 

 ゼァルフがこれ以上減らせないと言ってくるが、俺とて自分の立場は理解しているつもりだ。危険はないとわかっていても、最低限体裁を保つことは大切だ。

 

 「わかっているさ。外国人旅行客の集団に見せかければ問題ないだろう。そんなことより、爺が自分から来るとは思わなかったぞ」

 「何をおっしゃいますか。坊ちゃんのお傍に侍ることこそ私の仕事でございますれば」

 「...爺、感謝するぞ」

 

 父が生まれる以前からフォルフット公爵家に仕えるグレイヴは、遠く皇族の血を引く家系とはいえ、その平均寿命からすれば十分すぎるほどに生きている。

 

 「滅相もございません。私ももう歳でございます。死ぬ前に旅行するのも悪くないと思うただけでございます」

 「そうか、なら期待しておけ。日本は観光も主な産業のひとつだった筈だ。帝国には遠く及ばないが、神話の時代から永く続く国だ。観る所も多いだろう」

 「ほう、では期待させていただくとしましょう」

 

 そんな会話をしているうちに格納庫へと到着し、ステルス艦へと移乗する。

 全員が乗り込むと、艦はひとりでに浮き上がり、ゆっくりと格納庫から外へ移動していく。

 

 「アルス様、この後の動きについてご説明いたします」

 

 ステルス機能を最大まで使用した艦内で、ゼァルフから声がかかった。

 

 「戦艦、巡洋艦の全艦と、無人艦600隻は衛星軌道上に布陣し、我々は地球へ降下する無人艦100隻の影に隠れて反重力降下を行います。無人艦は東経140度、北緯34度地点、海面から200mの位置に待機させます。我々は上空10kmの位置で無人艦から離れて、奥多摩と呼ばれている地区の山中に艦を隠蔽し、そこから小型のステルス機で移動します」

 

 ここまででなにか質問はありますか?というゼァルフの声に、メイドの1人から手が上がる。

 

 「ゼァルフ殿、この惑星はいまだ貨幣経済だと聞いております。この日本地域の円という貨幣はどの程度ご用意されていますか?」

 

 そのメイドの質問にはっと驚かされた。お金のことを完全に忘れていた。帝国はとっくに貨幣経済など廃れているし、前世は日本人で、使用していたお金ももちろん日本円。外国人という立場になったのもこれが初めてのことだから、自分が日本円を持っていないということに気づけなかった...。

 

 「実物は用意しておりませんが、換金性の高い精製した金を合計1キロ程用意いたしました。これらを偽造した身分証を使用して売却し、日本円を入手します。おそらく滞在中に使用する分には困らないかと」

 

 なるほど、金か。確かに地球で金は貴重だ。買取額も安定しているし、良い案だ。

 だが、わざわざ金を売って現金にするなどという手間をかけなくても、帝国の技術力があれば日本円の偽造など容易だと思うが...聞いてみるか?

 

 「ゼァルフ殿、なぜ貨幣を偽造するのではなく、金の売却という手間を選んだのでしょうか?」

 

 俺が聞こうとした矢先にもう1人のメイドが質問してくれた。

 

 「勿論それも考えましたが、それではアルス様が楽しめないのではと愚考いたしました」

 「まぁ、確かに良い気分で使えないかもしれないが、俺は帝国の人間で、この惑星を支配しに来たんだぞ?今更だろう。...だが、正当ではないにしても、等価交換をしたという免罪符があれば、後ろめたさのようなものは少ないな。ゼァルフ、配慮に感謝する」

 「ありがとうございます、アルス様」

 

 その後、地球へ向かう艦内は質疑応答が繰り返されていき、さながら修学旅行のような様相を呈していった。

 

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