◆罪をかたる


お題:天国の冤罪 制限時間:15分 で挑戦したもの。微妙に加筆修正済み。


+ + + + +




「無実を主張することの無意味さを知っている?」


「そんなものは知らないよ」



 そう答えると、その人はくすりと笑った。



「私は知っているよ。『やっていない』ことを証明するのは、『やったかもしれない』ことを証明するよりもとても難しい」


「まあ、それはそうだろうね。でも、『やったかもしれない』ことを証明、っていうのは、なんだか奇妙な言い方だね」


「だって、『やった』ことを証明するわけではないから。それがそのひとに可能だった、そうすることができたかもしれない、そういうことを主張する、そういう可能性を証明する。誰かが罪を犯した『かもしれない』ことを証明するのはとても簡単」


「それはそれは、なんとも穿った話だね」


「それが現実だったから仕方ないよ」


「それで? 君は、だから何も言わないでいるっていうのかい」


「そのとおり。無実だと、冤罪だとどれだけ私が主張しても、可能性をゼロにすることはできないから」



 ため息をつく。眼前の微笑みに、とても疲れた気分になる。



「それは僕が困るよ。僕は君にいなくなって欲しいわけじゃない」


「それは知らなかった。てっきりいなくなってほしいのだと思っていたよ」


「もしそうなら、こんな面倒な手順は踏まないよ」



 もう一度ため息。こんな時にまで楽しげな笑みを浮かべていることに、なんとも言いようのない気持ちになる。



「じゃあ、どういうつもりでこんなことをしたと?」


「こんな胡散臭い世界に、君を置いておきたくなかったんだ」


「また随分な言い様だね。胡散臭い世界だなんて――生前は、誰もがこの世界を望んでいたと思うけど?」


「実際来てみたら胡散臭い以外の何者にも思えなかったんだから仕方ないよ。誰もが幸せで、誰もが善良で、清らかで美しい世界、だってさ。胡散臭くてとても平穏無事に過ごしていられない」


「だから、罪を?」


「罪を主張できること自体、この世界が胡散臭くて歪だって証左だよ」


「それは、まあ否定はできないけれど。巻き込まれた私はたまったものじゃないね」


「それは仕方ないよ。だって僕は君を愛しているんだから」



 愛するひとをこんな胡散臭くて歪な世界においておくくらいなら、罪をかたることなんて何でもない。

 ――胡散臭くていびつなのはどっちだろうね。耳に届いた言葉は聞こえなかった振りをした。



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