第36話 紙の証明

大学の地下倉庫。

錆びついたラックと配管の隙間に、埃をかぶった通信機器が鎮座していた。

FAX――デジタル網を通さず、紙でやりとりする古代の機械。

芽依がケーブルを繋ぎながら、仲間に向かって告げる。

「これはね、0.何秒でも誤差があれば拒否される。普通の人間じゃ合わせられない」

「……難しそう」

リンが不安げに呟く。

「でも、これしか道はない」

陽翔が息を整え、操作パネルに手を伸ばした。

「ピーガガガガ……ピーヒョロロロ……」

旧式の接続音が倉庫に響く。懐かしいようで、不吉な電子の声。

こはるがカバンを探りながら声を上げた。

「着いたら、えーと……紙、紙。あった!」

国語の答案用紙を取り出し、謎の少女に差し出す。

少女はちらと見て言った。

「おまえ、馬鹿なんだな。『78点』って書いてあるだろ」

「ばっか! うちの学校、偏差値高いんだぞ! 78だって立派なんだぞ!」

こはるが真っ赤になって叫ぶ。

少女は「ふっ」と鼻で笑った。

「この件終わったら秒でしばくから、覚悟しときなよ!」

こはるが血相を変える。

「まぁまぁ、落ち着いて!」リンが慌てて制した。

陽翔が入力を終えると、機械は短く唸りを上げ、用紙を押し出す。

だが出力された紙には、黒いノイズが走っていた。

「……失敗だ」

陽翔が肩を落とす。

芽依が即座に言う。

「時間がない。誰か、次を」

こはるも挑戦したが、紙送りは「ジジジ……」と軋むばかりで、またもエラーの波形だけが吐き出された。

緊張が倉庫を満たす。

旧式装置の試験を終え、吐き出された紙を握り締める謎の少女。

無表情のまま立ち上がり、埃を払うようにジャンバーの裾を整えた。

「……通ったな」

芽依がかすかに呟く。

陽翔が戸惑いを隠せずに言葉を探す。

「お、お前……どうしてそんな精密に……」

少女は答えない。ただ一歩、暗い通路の出口へと歩み出る。

リンが息を飲んだ。

「行くの……戦場に?」

少女は短く振り返り、無表情のまま言い放った。

「邪魔を掃除する。それだけだ」

その言葉と共に扉が開き、夜風が吹き込む。


クロノブリッジ本部、正面ゲート。

轟音を立てて鉄扉が弾け飛び、敵兵たちが振り返る。

逆光の中、ジャンバーを羽織り素足の少女が現れた。

敵の槍が突き出される。

だが次の瞬間、その兵士は宙を舞い、壁に叩きつけられていた。

少女はただ前を見据え、無言で踏み込む。

三刺客と血盟騎士団の戦列が動きを止め、暁人と忍音が目を見開く。

「な、なんだ……?」

少女は誰にも答えず、ただ戦場の奥へと進んでいった。


同じ頃、暁人の家。

リビングの隅に置かれた古びたFAX機が、低く震えるような音を立てた。

「ジジジ……ピーヒョロロロ……ガガガッ」

懐かしいようで耳障りな接続音。

機械の中で紙が引き出され、「グイッ」と吐き出される。

「届いた!」

こはるが駆け寄り、出力された紙を掴み取った。

そこには――彼女が先ほど使った国語の答案用紙。

だが文字はすべて赤字で修正され、誤答は一つ残らず直されていた。

余白には見慣れぬ筆致で一行、こう書き加えられていた。

――『到着確認。おまえの間違いは、名詞の活用だ』

「なっ……! ぜってーぶちめす!!」

こはるの顔が真っ赤に染まり、紙を握りしめて震える。

リンが慌てて両手を上げる。

「お、落ち着いて! いまは怒ってる場合じゃ――」

だが芽依は冷静にFAXを覗き込み、短く言った。

「これで間違いなく、通信は通った。成功だわ」

仲間たちの胸に、緊張と小さな希望が同時に広がっていった。

こはるが赤字だらけの答案を振り回して怒鳴る横で、FAX機のランプが「ピピッ」と短く点滅した。

芽依が息を呑む。

「……走った。けれど――」

同じ瞬間、クロノブリッジ本部のサーバ室。

赤光に染まっていたランプが一つだけ「ピカッ」と青へ切り替わる。

館内のノイズが一瞬途絶え、空気が澄む。

「今のは……効いたのか?」

暁人が剣を構えたまま、低く呟く。

だが血盟騎士団の足音はまだ続き、三刺客の笑みも消えない。

ノイズの消失は束の間の揺らぎだったのか、それとも突破口なのか――誰も答えられない。

仲間たちは胸を詰まらせ、ただ次の瞬間を待つしかなかった。


次回へ続く。



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