第29話 冷却炉心棟・三刺客の舞
冷却炉心棟。
低い唸りが響き、冷却水の走る管が不規則に震えていた。
赤色灯が回転し、白い蒸気が床を這う。
鉄と油と薬品の匂いが入り混じり、空気は重く濁っていた。
呻き声。
倒れた作業員が床を転げ、落ちた工具が乾いた音を鳴らす。
そこに、三つの影が立っていた。
彩音。
その眼差しは鋭く、片手を軽く掲げると、周囲の配管が応えるように唸った。
低い音が波紋のように広がり、床がかすかに震える。
彼女の顎は上がり、視線はすべてを見下ろしていた。
「――舞台は整った。わたくしの楽章に沈みなさい」
刀身が赤光を反射し、冷却棟全体がひとつの楽器のように震える。
兵たちが盾を構えるが、その列は既に調べの一部に過ぎなかった。
次に姿を現したのは、破顔するあやか。
棘付きの鎖を振るうたび、空気がざらりと震えた。
鎖は天井のパイプに絡み、火花を散らして床へ戻る。
その一撃ごとに、壁は傷つき、金属の匂いが焦げた。
「おらおら! ビビんなよ! もっと派手にいこうぜ!」
体育祭なら最下位でも、この場では最前線。
彼女の動きは軽業師のように跳ね、倒れた盾兵の上を踏み越えていく。
破壊のたびに、彼女は快哉を叫び、戦場を自分の遊戯場に変えていた。
そして――最後に現れたのは喜朗だった。
まだ少年の面影を残す顔に、無邪気な笑み。
だがその手に握られた矢は、金属を削る音を立て、先端が鈍く光っている。
彼は矢を一本放つ。
壁を抉り、火花が散った。
だが喜朗の視線は敵ではなく、床に落ちた欠片へと注がれる。
「……あ、いい音」
彼は屈み込み、小さな破片を拾い上げた。
指先で撫で、爪で小さく傷をつけ、ポケットに入れる。
もうひとつは唇で触れ、舌で確かめるようにして床に戻した。
「両足狙ったのに、片足だけ。
でもいいや、またできるから」
その声は軽やかで、節回しは子守唄に似ていた。
蒸気と金属音に混じるその旋律は、不協和音となって兵の耳を凍らせる。
「喜朗、拍を乱さないで」
彩音の声は冷たく、しかし指揮者の命令のように澄んでいた。
彼はすぐに口を閉じる。
子どもが先生に叱られたときのように、だが目だけは笑っていた。
その瞬間、蒸気が「シューッ」と柱のように吹き上がる。
視界は真っ白に閉ざされ、銃撃音も、叫びも、すべてが霧に飲まれた。
「ここからは、わたくしの楽章にてよ」
彩音が囁き、配管全体が音を変える。
低音が唸り、高音が跳ね、金属の悲鳴が旋律へと組み込まれていく。
あやかは笑いながら飛び込み、盾を蹴り飛ばす。
その残響が、彩音の楽章にリズムを加える。
そして喜朗の矢が「トン」と響き、欠片が散る。
それを拾い集める喜朗の指先が、また小さく歌を添える。
「また遊ぼうね」
囁きは低く、それでいて約束のように冷たい。
兵たちは蒸気の白に呑まれ、その姿を見失った。
三つの影が霧に滲み、やがて消える。
残されたのは、呻き声と金属の余韻、床に散った欠片だけ。
その欠片には、爪でつけられた小さな印があった。
数は増えていく。
それこそが、喜朗にとっての「音符」であり、彩音の楽章を支える不可視の伴奏だった。
冷却炉心棟の唸りは止まらない。
赤光が回転し、響きはなお続く。
だが誰も知らない――それが次の破局の前奏曲であることを。
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