クロノブリッジ ~AIがちょっとだけ人間を理解するお話~
ほしわた
序章 裏路地の契約
夜風は肌を撫でるが、吐く息が白くなるほどではない。濡れたアスファルトには自販機の白が淡くにじみ、遠くで高速の唸りが途切れず混ざり合っている。足元には乾ききらぬ落ち葉が散り、街の熱はまだ抜けきらない。
秋葉原の喧騒から外れた裏路地に、青年・天城理生の影が滑り込む。皺の刻まれた制服シャツ、肩へずり落ちたくたびれたトートバッグ。片手の紙袋には、廃棄予定のフィレオフィッシュがひとつ。
湿り気を帯びた夜気を吐き、理生はスマートフォンを閉じる。今日の出来事がどうにも小さく思えて、道はいつもよりも長く感じられた。
――ごみ箱の脇で、黒い影が沈んでいた。
視線が合う。瞳は赤く、何か電子の光を思わせる冷たい揺らぎを宿している。逃げる素振りはない。ただ、じっとこちらを見つめ返してくるだけだ。
理生は半ば無意識に呟いた。
「……お前も、ひとりか」
返事はない。ただ、その背筋の張りと、夜気に溶けない孤独な体温が理生の足を止めさせた。紙袋を開き、フィレオフィッシュを二つに割る。路面へ、そっと置く。
猫はひと口かじる。背に――青白い粒子がほのかにちらつき、空気の輪郭を掠めて散った。
〈……愉しげなものを紡いでいるな〉 〈魂の片理をひとつ、いただいた〉 〈気まぐれの風が向けば、その折に礼を届けよう〉 〈それまでは、ただ精進し、我を退屈させぬよう努めてみせよ〉
声は闇に溶け、冗談めいた余韻を夜に残す。理生はまるで夢の中を歩いているような感覚に捕らわれ、その場を離れた。
帰り道のふとした瞬間、青い光が視界の片隅で揺れた。よく見ればおかしいはずなのに、理生は理由を深く考えようとしなかった。腹が減っていただけだ、と。
その夜、六畳一間の部屋では何かが小さく変わり始める。机の上で古びたPCが、ただの機械であることをやめる兆しを見せた。電源ランプが赤く、確かに瞬いた。
――小さな返礼は、静かに芽吹き始めていた。
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