余命:きみが大人になるまで

朔良 海雪

序章

序章① 孤独の凱旋

 青空の下、城下町の巨大な外門が、ギィっと重々しく左右に開かれた。


 少しずつ視界が明るさを増していく。


 その先には、石畳が美しく敷き詰められた一本の道が伸びている。町の中心、辺境伯の荘厳な城へと続くメインストリート。


 道の両脇には、小綺麗な服装の者から煤に汚れた者まで、あらゆる身分の人々がひしめき合っていた。


 手にしているのは、祝福の花びらやキラキラと輝く紙吹雪。笑顔からニヤリとした得意げな顔まで、みんなの顔はさまざまだ。中には涙で顔をくしゃくしゃにしている者もいるが、それは間違いなく喜びと感動で感極まった証だった。


 「やりやがったな!」とばかりに幼子を高く抱き上げ、帰還者たちの雄姿を目に焼き付けさせようとする母親がいる。木の枝を振り回し、「次は俺も魔王を倒す!」と、意気込む少年もいる。


「帰って来やがったな馬鹿野郎共!」


「立派だよ、あんたたち!」


「にいちゃんたち最高だ! 町を守ってくれてありがとうなー!」


 歓声。黄色い声。重なりあった声が互いを邪魔して、細かい内容は聞き取れない。だが、その熱量は音の嵐となって押し寄せる。


 魔王を討ち果たした討伐隊の帰還を、誰もが胸を弾ませて迎えようとしているのだ。


 だが、門が完全に開き切った瞬間、彼らは残酷な真実を目にすることになる。


 喜びの声、祝福の眼差し。その全てを受け止めたのは──ただ一人だった。


 外門の向こう側の輝くような明るい空気と、こちら側の闇が漂うような淀み切った空気。まるで二つの世界の境目そのものだ。


 門が開かれたことにより、相反する空気は混じり合う。重苦しい闇が、人々の希望に満ちた雰囲気を飲み込んでいく。


 ワインボトルの中に一滴の泥が落ち、たちまち全てが濁ってしまうかのように。


 たった一人で立ち尽くす少年──カイの打ちひしがれた暗い瞳は、目の前の観衆へと次々に伝播していった。驚愕と失望の視線が、波紋のようになって群衆に広がる。


「……」


 カイは町中の人々が集まっているのかと思うほどの人だかりを目にした。実際、城中で待つ辺境伯や直属の近衛兵を除いて、ほぼ全ての町民がここに集まっているのだろう。


 全員の注目がカイに集まる。他に目を引く的などいないのだから。


 そんなはずはない。そう訴えるような視線が、鋭い刃となって突き刺さる。傷だらけの身体の痛みさえ忘れてしまうほどに。


 それでも、行かなければならない。


 祝福の空気が崩れ去った道の真ん中に、カイは重い一歩を踏み出す。


 用意された花びらや紙吹雪は宙に舞うことはなく、持っている者たちは自分が祝福の準備をしたことすら忘れて、呆然と立ち尽くしている。


 カイがゆっくりと歩を進める後ろで、ざわめきが広がり始めた。


「……おい、なんなんだよ! 百人以上の精鋭で挑んだんじゃなかったのかよ……!?」


「それだけじゃあない、付近の村からも応援を募ったはずだ。高難度の討伐クエストを生業としてるような、腕利きだってやつもいたはずなんだ!」


「ああぁ……うちの、うちの夫は……うぅ……」


「てか、あいつ……異世界から召喚されたやつだろ? あいつが何かやらかしたんじゃねぇの?」


 悲痛な囁きが広がっていく。中にはカイに後ろ指を指すような声も混じっている。


 空気が一段と重くなる。石畳の上を歩いているはずが、沼地に足を取られているかのように足取りが重い。


 少し進んだところで、見覚えがある少女が駆け寄ってきた。


「カイーーーっ!!」


 秩序のない騒めきの中で、貫くような一つの叫び声が響いた。


 彼女の名はミア。十二歳の、ごく普通の町娘だ。


 ミアはカイの前で立ち止まり、涙と汗で顔をぐちゃぐちゃにしながら言った。


「あ、あの……お父さん、は……」


「……手を出して」


 言われるがまま、水を掬うように差し出された両手に、カイは小さなブローチをそっと落とした。


「ひっ……!」


 それを目にした瞬間、ミアの表情が一気に青ざめる。赤を基調に金色の家紋が輝く美しいブローチには、べったりと血がこびりついている。


 それが誰のものなのか、説明する必要はなさそうだった。


「お父さん……そんな……」


 ミアはスカートが汚れるのも構わず、がくりとその場に崩れ落ちる。灰色の石畳に、涙の染みがポタポタと生まれていく。


 どん底だと思われていた雰囲気は、少女のしゃくりあげる声に押され、さらに深い奈落へと落ちていく。


 カイは涙を流す少女をするりと避け、先へと進んだ。


 辺境伯が報告を待つ城は、もうすぐそこだ。

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