無声

カスタードは胃に溜まる

無声 無言の店長と少年

■言われたことがありますか

友人にこう言われたことはないですか。声とか容姿に対して「怖い」とか、「おかしい」とか。言われたことがある人ならわかると思いますが、そういわれると、言われた側がかえって怖くなるんですよね。わかりますか、わかりませんか。わからなくとも大丈夫です。俺はそういう意見を沢山聞いてきましたので。でも、ちょっとわかってほしい気持ちもあります。今回は俺に関してですけど、その心境の変化を、記してみました。


■本屋

俺はとある本屋さんで働いています。

とある商店街の一角にお店があって、そこに俺の両親が店をやっていました。それを、今年、俺が継ぎました。正直、小学生のころから無口だった俺が、接客しないといけない本屋を継ぐ、と言い始めたときは、とても心配だったようです。でも、案外無言でもどうにかなることに気が付いた両親は、そのまま俺を見守りつつ、本屋を継がせようと、俺の意思を尊重してくれたみたいです。


ここの本屋は、商店街にあるってこともあってお客さんが沢山来てくれます。年齢層の幅はとてもあって、子どもから、おじいちゃんおばあちゃんまで、様々な方が本を買いに来てくれます。立ち読みだけして帰るお客さんもいますけど、俺は別に気にしていないです。無料で本が読みたいだけなんでしょうけど、その立ち読みって行為に、声をかけられなくて本が買えないからとか、本を読みたいけどお金がないからっていう理由が見え隠れするかもしれないから、っての、あります。まあ、本当にお金とか心配するんだったら、図書館にいくんでしょうけど。でも、立ち読みはあっても、万引きはされたことがないので、立ち読みで抑止されているんだったら俺はそれで猶更大丈夫です。警察と話すとか緊張してますます声が出ませんから。この前なんて、ただでさえレジで声を出さないのに、本の場所とか聞かれましたから、なんてお答えしていいかわからなくて、案内して指さしたらとても怒られました。


そうそう、それと俺の本屋さんは、少し埃っぽい感じがします。普通は清潔感があって、本が沢山あるところのイメージがあるでしょうけど、そんな事はないです。本当に田舎の本屋さんみたいな感じで、狭くて、最低限の本しか置いていないような。そんな本屋さんです。そんな中、在庫管理をしようと、仕入れた本の入っている段ボールをカッターで切っていた時でした。この時丁度お昼時で、人が誰もいなかったので、お店のレジの近くでやっていたんですよね。レジの近くには本棚は置いていなくて、少し距離をあけた(といっても大体1m前後)から本棚が並んでいるんです。そこで段ボールにゆっくりとカッターの刃をいれていると、何やら入り口でバタバタと音がしました。昼食時の商店街は、食事をしたい人がそうして走って定食屋へ行くことがある。だから気にはしていませんでしたが、その足音は次第にこちらへと向かってきている事には次第に気付いていきました。入り口に背を向けていたのが間違いだったと気付いたのは、丁度この時です。

「ドーーーン!!うえーい!」

そんな元気な少年の声と共に背中に衝撃が走りました。きっと背中を思いっきり叩かれたのでしょう。じんわりと背中に痛みが広がっていきました。何をするんだ、と言いたいところでしたが、衝撃で声が出ません。ギギギギ…という効果音が入りそうなほど、小刻みな動きで振り返ると、

「うわっ!本屋のお化け!本当だったんだ!!」

という声が耳に入ってきました。俺がお化け…?何を言っているのだろうと少年を見つめていれば、

「うわ、こいつ…やっぱ聞いていた通り何も言わねえ!こっわ!お化けじゃん!でっけえし!目が怖いし!」

と少し冷や汗をかいた少年にそう言われました。俺が何も言わない事、身長がやたら高い事、髪が少しぼさぼさな事、目が怖いやら容姿をも理由に、本屋の外で俺がお化け扱いを受けていたことに恐怖感と残念さを感じるとともに、それを凌駕するほどの疑問が湧きました。今は火曜日、この少年、本来であれば学校に行っていなければいけない時間です。少年、大体身長はここらにある中学校に登校する男児とほとんど変わらず、顔つきも似たような感じで、ざ・思春期と言ったような、そんな雰囲気があります。だから何故ここに居られるのかが、俺にとっては甚だ疑問でした。その疑問さに首をかしげていますと、

「あ、こいつ全然話さないじゃん!もう!!学校サボった割には割に合わね~!」

なるほど、どうやら友達に俺の事を共有する為にわざわざ学校を休んだ、という訳だと理解しました。

「また明日も来てやるからな!!」

そう言い残して少年は入り口からぱたぱたと足音を立てて出て行ってしまいました。不思議でしたが、明日も来てくれる、というのなら、できればカッターを使っていない時に来てほしい、という気持ちを残して、その日はそれ以降何もなく、閉店時間には閉店して、俺は家に帰って少年の事を考えていました。あのペースで毎日来てくれるのはいいんですが、学業は大丈夫なのか、と。でも、どうせ3日もしたら飽きますよね。そうして考え続けて、気付いたら眠りについていました。


■翌日

相変わらずやることは一緒で何も変わりませんが、今日もお客さんの顔を覚える作業をしています。俺は話すのが苦手で普段無口なので、お客さんの顔から名前、よく読む本など覚えて、その人の為にちょっとした特集コーナーを作るとかそういう事をしています。今日もそれをやるために、俺独自に調査している本購入データを眺めて、本棚に立って何を入荷しようか考えていた頃でした。何やら入り口の方からバタバタと足音が聞こえてきました。またか、と思いつつも、そうでなかった場合が気まずいなって思ったので、そのままそこに立って本の整理を続けていました。棚の本と本を交換しあってジャンル分けをしていた時、

「今日もきてやったぜ!お化け!!」

という少年の声と共に、また背中に衝撃が走りました。何故そうも人の背中を狙ってくるのでしょうか。でも、その問いの答えはもう俺の体格に出ています。俺の身長は198。かなり大きいです。天井は俺の身長よりも余裕をもって高いので、天井に頭をぶつける、なんていう事は無いですが、人よりも高いのに、話さないから怖いと、つい先週女の子のお客さんに泣かれたばかり。その上、少年の手の当たりやすい位置が丁度俺の背中です。だからこそなんでしょう。でも、中学生男児の力ってのは強いもので、力の調節もせずに叩かれているからかとても痛いです。流石にそれは痛かったぞ、と言わんばかりに見つめます。大体相手の事は目を見ればわかるんです。目は口ほどにものをいう、と言いますからね。そうしていれば、少年の眉間にしわが寄って、

「また話さねーのかよ!お化けじゃなくてただのオブジェみてえなもんじゃん!」

そう言われて、傷つきましたが、それを言えて満足したのか、少年は少し目を細めて、

「また明日も来てやるからな!!」

と言ってどこかへと言ってしまいました。俺の為に来てくれているのでしょうか。確かに本屋さんって言うのは暇な時もあります。季節によって、とか本や雑誌の会社さんの出す本が有名で、名が知れ渡って誰もが買いたくなっている、とか。そういう事があれば忙しいですが、最近はそうでもないので少し暇だったのです。それをついて来ているのだとすれば、余程の策士の可能性があります。少年がなんで来てくれるのかを考えながら今日も残りの仕事終えて、店を閉める時間になれば店を閉めて、寝る前には、あとどのくらい来てくれるのかを考えていました。


■さらに翌日

今日も今日とでやることがない、とは思っていましたが、昨日よりかは客足も多く、ほどよくやることがありました。そんな中、俺の心の中ではあの少年はどうなったのだろうという考えが居座っていました。お客さんに声も出さず無言で本を案内しているときも、レジ打ちをしているときも。彼は今頃学業に取り組めているのだろうかとか、今日も来てはくれるのだろうとか、そういうことを考えていました。お昼ごろを過ぎて、客足が減ったので、本棚の整理をしようと、カレンダーを見まして、その季節ならこの本をセンターに出した方がいいな、とか思いながら、季節のこんな本はいかがですかコーナーを作っていきます。この時期はやっぱり怪談とか自由研究とかそういう本が人気です。図書館でも借りられそうではありますが、あえてそういう本と、あとは漫画の新刊を隣に添える様に置きます。そうすれば完成だ、と思い、本を段ボールから取り出していますと、また、バタバタと足音が聞こえてきました。今度は間違いない、と思って入り口付近を見るために、かがめていた体を一気にバッと起こしました。すると、見つかったか、と言わんばかりに少し顔をしかめてしまった少年の姿がありました。眺めていると、

「さすがに三回…ってなるとバレるか…。ま、でもやることは変わんねえけどな!!」

そういわれたかと思えば、背中に回られて、また背中を叩かれる。もう慣れたものですので、あんまり痛みはないですが、それにしても音が小さいので、手加減して叩いてくれたのでしょう。それにしても、少年は毎日この時間に来て大丈夫なのでしょうか。聞いてみたい気持ちもありまして、声をかけようと思っても声が出ない。あの出来事が原因なのでしょうか。


■幼いころの回想

幼い頃、俺は今と違って沢山話してくれる子だったそうです。でも、それに対して体つきが大人びていて、かえって怖くみられていたそうです。それで、幼い頃からそれでいじめられたり、いじられたりしたのだそう。それは自我が芽生える小学生、より反抗的になって、世の中を少しずつ知りだす中学生になっても続いて、高校でやっと大人しくなったけれど、家の近くにある高校に通っていたのがよくなかったのか、中学校の時にいじってきていた奴らがまだ高校でいじってきていて、いじりがひどく成って、でもかえってそれで話したら何を言われるかわからなくて口を開けなくなってしまった経験があります。そこから俺はどんどん恐怖心から話さなくなってしまって、今この状態に。という訳です。


■意識の合流

そんな懐かしい事を思い出していると、

「何ぼーーっとしてんだ!おれはもう行くぞ!あと、本落としてるから拾っておいたからな!」

そう言って少年が店から出ていくのを視界の端でとらえました。よく見ると、本も落としていたのか、手に持っておらず、コーナー用の机の端っこに置いてありました。懐かしくも嫌な事を思い出したと心の中で若干の後悔を、また少年が来てくれた喜びで濁して作業を再開して、それでも拭い切れない不快な事がまだ残っている。今日はそんな調子で嫌な思い出を引きずったので、早めに店を閉めて、少年はいつ学校に行っているのだろうと考えながら眠りにつきました。


■数日後の夕方

あれから数日、店に来ては俺の背中を叩いて、ちょっと話して店を去る少年は、一日も欠ける事無く来ました。俺はそれを無言で歓迎して、帰る様子を見守って、というのを続けていました。この絶妙な距離感が俺は好きでした。そんなある日の夕方、閉店準備をしているとき、今日は珍しくあの少年が来ていないと入り口の扉のガラスの部分を覗いていました。来ていない、という事は親にバレて学校へ連れて行かれたとか、あるいは自分で学校へ向かったとか、そういう感じだと勝手に思っていました。が、一人の女性が急ぐように走って俺の店に入ってきて、俺の方を真っすぐ見て息を切らしながらこんな事を言いました。

「私の…息子を…知りませんか。こんな時間になっても家に帰っていなくて!あ、名前…名前は涼って言って…涼は毎日このお店にお化けが出るとか言って通っていましたので…!もしかしたら何か…あ、そうだ、今日このお店に来ましたか。それだけでも!」

俺は衝撃を受けました。その衝撃は少年から毎日背中を叩かれているときの衝撃とはまた違っていました。首を横に振れば、その女性、きっとあの少年の母親でしょう。彼女は急いでお礼を言って店を出ました。これはただごとではないと、気付けば店のカギも閉めずに、俺も外に出ていました。

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