魔物とお昼ごはん

WA龍海(ワダツミ)

1食目 町外れの黒と昼餉



 町外れの畑道を歩いていると、茂みがガサリと揺れた。

 覗き込むと、そこには大きな犬……に見えるけれど、毛並みは夜のように黒く、尾は狼よりも太い。琥珀色の瞳がジッと私を見つめていた。


「……あら?」


 吠えるでも逃げるでもなく、ただ首をかしげている。

 どこかお腹が空いているような、そんな表情をしているような気がした。


「……迷子?」


 返事はない。ただ、耳がぴくりと動いた。



   ▼▼



 そのまま放っておくのも気になって、私は彼を家に連れて帰った。

 家といっても、小さな一人暮らしの木造の家。

 招き入れた途端、彼は耳をピンと立てて歩き出し、台所の前で立ち止まった。

 瞳の先にはコンロの上の鍋。そういえば、煮込みスープを作っていたっけ。


「食べる?」


 野菜を煮込んだだけの簡単なものだけど、なんて冗談混じりで訊ねてみると、耳をヒクヒクと上下に動かし始めた。

 ……肯定と受け取っていいのかな?

 試しに器を二つ用意して、よそってみる。


「これ、人間用なんだけど……食べられるかな」


 少しだけ迷いながらも差し出した瞬間、黒い鼻がひくひく動き、彼は勢いよく舌を伸ばした。

 私が目を丸くしていると、あっという間に器は空になり、琥珀色の瞳がもう一度こちらを見る。


「……おかわり、いる?」


 耳がピンと立った。わかりやすい子だ。



   ▼▼



 二杯目を平らげると、彼は満足げにゴロンと床へと転がった。

 そのまま大きな頭を、私の膝にぽすんと乗せてくる。


「ちょ、重っ……でも、あったかい」


 柔らかな毛並みに指を沈めると、喉の奥で低くごろごろとした音が響いた。犬のような、猫のような、不思議な音だ。


「あなた、魔物なんでしょう? 本当は怖い存在って聞くけど……こうしてると全然そう見えないね」


 瞳が細められ、まるで笑っているように見えた。



   ▼▼



 やがて夕暮れが訪れ、日が陰り始めた頃。

 立ち上がった彼は、扉の前で一度振り返った。


「帰るの?」


 尻尾がゆったりと揺れた。

 それはまるで手を振るような素振りにも見えて、私には「また来る」とでも言っているように見えた。


「……じゃあ、またお昼ごはんを用意しておくね」


 そう告げると、彼は闇に溶けるように静かな足取りで町外れの道へと消えていった。

 膝に残った温もりが、なんだかやけに愛おしく感じた。

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