第19話 本人に言うことではないよ
(仮に、彼女の恋の矢印が僕に向いているとしよう)
机の前でお山座りをする僕は、ジッとキッチンで盛り付けを施す石宮さんを見やる。
僕が夕食の手伝いをしていたのは盛り付け前まで。さすがに最後の仕上げは自分がやりたいらしく、背中を押されるがままに机の前に座らせられた。
そうすれば必然と一人の時間が訪れるわけであり、石宮さんのことを考えるのも当然とも言えよう。
話は戻るが、もし石宮さんの矢印が僕に向いていたら、僕はどうするのだろう。
『付き合う』
それが至って簡単な回答でもあり、トゲが立たない最善の手だと思う。
だが、『好き』という気持ちがわからないまま付き合って良いものなのだろうか。
ちょいとはしたない話だが、これまでも石宮さんを襲わなかったのは『好きな人に初めてをあげたいから』というものだった。
その理性があってこそ、石宮さんという超絶美少女を家に泊めることができ、同じ部屋だというのに手を出すことがなかった。
つまりなにが言いたいかというと、僕は石宮さんのことが好きではない。
現に、昼間までは石宮さんのことを友達としてしか見ていなかったし、なんなら今も友達としてあの横顔を見ている節がある。
まぁ大学生……それも1年なんだからそれぐらいの恋をしても良いとは思う。が、相手のことを考えたらやっぱり本気で考えるほうが良いよなぁ……。
「どうしたものか……」
「ん?どしたの?悩みごと?」
「なんもなーいっす」
「嘘の言い方じゃん」
訝しむ目を浮かべながらも次々に机にお皿を置く石宮さん。
なんとも贅沢なことに今日の晩御飯は和風おろしステーキの柚子ポン酢がけ。
牛フィレ肉をミディアムに焼き、たっぷりの大根おろしとたっぷりの柚子ポン酢、刻み青ネギをトッピング。
汁物には優しさがあふれるすまし汁。
お麩とごぼうがよく目立つが、緑の鮮やかさを際立たせるのが三つ葉。
隣で手伝っていたからわかるが、煮干しとカツオの2つから抽出した出汁からはこの上なく馥郁とした香りが鼻の下をくすぐる。
副菜にはカニ身とアボカドの和えもの。
カニの身とアボカドを合わせ、その上に注がれた白だしにはあっさりが醸し出され、ステーキの重さを程よく打ち消してくれそうだ。
これは石宮さんが作ったものではないが、小鉢には大根の皮の漬物。
せっかく余った大根の皮だ。塩でしっかりと水分を搾り取った後、にちょっと舌調味料とお好みで鷹の爪を入れればあっという間にお漬物。
親のお手伝いで覚えた技術はやはり裏切らないというものだ。
「美味しそ」
一言だけ残した僕は、先程までの煩悩を払い除けて正座へと座り直した。
だが見逃してくれないのがこの女の嫌なところ。
「『美味しそ』じゃなくて、悩みごとがあるなら言って良いんだよ?私達の仲じゃん!」
「やっぱ動いた日にはステーキ食いたいよな」
「ねぇ話逸らさないで?」
お箸とナイフを片手に持ったのもつかの間、グワッと掴まれた肩は僕の動きを静止させた。
同時に覗かせてくる顔は、やっぱり可愛い。
というか上目遣い狙ってやってるだろこいつ。自分が可愛いことを自覚して上目遣いしてるだろ!
どこか納得のいかない気持ちは胸の奥底に沈め、小さなため息を吐き捨てながら紡いだ。
「多分石宮さんに話すようなことじゃないと思う」
僕が迷っているのはまごうことなき石宮さんについて。
だが、本人について悩んでいるとはいえ、本人に話して良いものなのだろうか。
恋愛的な悩みは繊細だと聞く。
一歩でも間違えればその異性との関係は断ち切られ、友達おろか関わりすらもできないほど。
そんな関係になってみろ。
多分僕は死ぬほどしょげるし、石宮さんは泊まる場所がなくて途方に暮れるはずだ。
だからこそ本人に相談するか迷っているわけなのだが、僕の気なんて到底知る由もない石宮さんは満面の笑みで口を切った。
「言おう!私に話すようなことじゃないからこそ話そう!」
「その自信はどこから湧いて出るんだよ」
「やっぱり容姿かな〜?」
「……際ですか」
やっぱり自分の可愛さを自覚しているらしい。
まぁ事実だから良いんだが、人によっては痛々しくて見てられないぞ。
そんな言葉は心のなかに留め、腹を括った僕はナイフを置く。
そうしてそっとこめかみを押さえ、ステーキの香りだけを鼻に通しながら小さく口を開いた。
「……石宮さんって、僕のこと好きなんですか……?」
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