第12話 はじめまして

 

 あっという間に翠さんが隣国へ出かける日を迎えた。


 実に軽いノリで「んじゃな~」と手を振りながら、数名の護衛とともに馬車に乗ってさっさと行ってしまった翠さんである。


 いや、構わないんだけどさ……? 別世界から来て間もない姪を置いていくのに、もうちょっと心配したりしないものなのか……?


「いい大人だし、別にいいけど……」


 私のぶつくさしたちょっぴり不満げな声が聞こえていたらしく、ベイマンさんをはじめ使用人の皆さんに微笑みを向けられてしまった。うっ、成人女性なのに駄々っ子みたいで恥ずかしいや……


「スイ様がご不在の間も、我々がしっかりとコハク様のサポートをさせていただきますから、ご安心ください」


「あわ……た、頼りにしてます。引き続きお世話になりますぅ……」


 完璧な礼をするベイマンさんに、私は恐縮な気持ちになりながら、へらりと笑って返事をしたのだった。癖でお辞儀しそうになったのを我慢したのは、自分なりにこの世界に馴染んできた証だと思いたい。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ありがとうございます。また夕方、よろしくお願いします」


 私はお店の前まで馬車で送ってくれた御者さんに声を掛けてから、お店に入った。


 前回見学に来た時と違うのは、店主である翠さんがいないこと。それから私の服装だ。


 普段翠さんがお店に立つ時に着ている服装を聞いて、それに近い雰囲気のドレスにしてもらった。魔法石アクセサリーが映えるように、過度な装飾は控えたアンティークっぽいドレスだ。


 色味は暗めだけど、繊細な刺繡やフリルがふんだんに使われていて、高級な生地のドレスである。貴族も来る店だから、売る側もある程度の恰好ではいないといけないんだって。


「絶対これもお高いんだろうけど……普段のドレスより裾のボリュームは抑えめだし、まぁ……いいか……?」


 正直足さばきをしやすいので助かるなと思っているのは、ここだけの話である。


「よしっ、頑張るぞ……! 隠れ家、開店します!」


 今日は記念すべきアルバイト1日目だ。独り言の気合も入る。


 そういえば、翠さんにお店の名前を聞くと、私が初めてお店に足を踏み入れた時の感想と同じ【隠れ家】だったから、少し笑ってしまった。


 店内の清掃もバッチリだし、配置などの最終チェックもオーケー。扉の外札を【OPEN】にして、そわそわしながらカウンターで待機していると、驚くことに扉に付いているベルの音がすぐ鳴った。


「ふぉっ……!? お客様だ……!?」


 いらっしゃいませ……と言いかけた私は、扉をくぐって現れた人の姿に見入ってしまった。

 だって、顔を隠すように深くかぶっていたフードを外したその人が、ものすごく綺麗な男の人だったから。


「失礼します」


 長身で、艶やかなのにさらりとした質感の黒髪。それからこちらを見つめる瞳は、透き通ったアクアマリンみたいで……


「……って、あれ……?」


 私の記憶の中で、その容姿に当てはまる人物が思い浮かんだ。会ったことはないけれど、もしかして……


「……コハク様、ですよね? 先日はお世話になりました。魔法騎士団副団長のリュカ・シエスタと申します」


「え、えぇー!?」


 私は目の前で綺麗な騎士の礼をとる副団長様を、しばらくの間ぽかんと見つめたのだった。



「――そうでしたか、コハク様は知らされていなかったのですね」


「はい……」


 副団長様の丁寧で分かりやすい説明によって、私はこの状況について知ることとなった。


 なんでも副団長様は先日の手紙にて「魔法石アクセサリーのお礼がしたい。できたら直接会って伝えたい」と言ってくれたらしく、翠さんが私に内緒で、この場を設けていたようだ。ぐぬぬ、翠さんめ……!


「取り乱してしまい、申し訳ございませんでした……」


 そう言って私がぺしょりと頭を下げると、「いえ、そんな。頭を上げてください」と少し慌てたような、優しい声をかけられた。


「魔法石アクセサリーを作っていただき、本当にありがとうございました。おかげで今も、頭痛は緩和されて続けています」


 視線を上げた先に見えた副団長様の右手首には、私の作ったブレスレットがしゃらりと小さく音を立てて存在していた。


 アクアマリンの魔法石が、変わらずキラキラと透き通った輝きを見せている。私は思わず胸に手を当てて、ホッと息を吐いた。


「本当によかったです……!」


 自分の作った魔法石アクセサリーが、誰かの助けになる。


「……ほんとに、力になれてよかったぁ……」


 今頃になって実感が湧いてきて、なんだか嬉し涙がこぼれそうになった私は、笑みを深くしてくしゃりと笑った。


「……コハク様、ご迷惑じゃなければ私のことはリュカと呼んでいただけませんか?」


 突然の名前呼びの提案に、私は一瞬ぽかんとする。お知り合いになれた証に……ってことかな?


「えぇと……なら、リュカ様でも構いませんか……? 私の方が歳下ですし……あ、私の事はコハクで大丈夫ですので!」


 リュカ様は「女性を呼び捨てするのは……」と少し躊躇われていたけれど、レオン様にもそう呼んでいただいていますし、と伝えればぎこちなく頷いてくれた。


「お礼になるかは分かりませんが、本日より臨時で数日ほど、店舗の護衛の任に就かせていただき……なるほど、この件もスイ様から伺ってないみたいですね」


 私の反応を見て、リュカ様は会話を途中で止め、困ったように微笑んだ。はい、何も聞いていないです。


「スイ様から、基本的に店舗の中で何かトラブルが起こることはないけれど、もしもそういったことが起こった際の対処と、店外に出た際の護衛を頼まれました。それから……少し失礼します」


 リュカ様はそう一言断りを入れると、魔法を唱えて一瞬で髪色を変え、持参していたらしい眼鏡をかけた。


 最初からリュカ様だと認識していなければ、別人に見えるという認識阻害の魔法がかかっているそうだ。便利な魔法グッズがあるんだなぁ。


「店舗に出入りするのが自分だとばれると、店や貴女に迷惑がかかってしまうと思いますので……」


「へ……? あぁ!」


 リュカ様のその整いすぎている容姿と、魔法騎士団副団長や貴族のご子息であるという肩書は、かなり目立つからか。そう考えると、念入りな魔法での見た目の偽装にも、すとんと納得がいった。


「体質のこともあるのに、色々と大変ですね……いや、面倒なことをお礼にと頼んでいるこちら側のせいでも、確実にあるんですけど……」


 私が申し訳ない気持ちになりながら長身のリュカ様を見上げると、ちょっとびっくりするくらい真剣な顔で、首を横に振られた。


「いえ。お礼には到底足りないと思っているくらいですので、お気になさらないでください。あとは……困ったことや気になることがあれば、なんでも聞いてくださいね」


「あ、それ、すごく助かります……! 一応この国の常識は学んだんですけど、実際にお客様の対応がちゃんとできるか心配だったので……!」


 1人でお店に立つこと、シュミレーションもしたし大丈夫だと思っていたけど、まだちゃんと心構えできてなかったんだな。翠さんのお店を預かる身なのに申し訳ない。でも、リュカ様がいてくれて心強いや……


 私はもう一度気合を入れなおして、来客を待ったのだった。

 

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