第10話 届けられた奇跡【副団長・リュカ視点】

 

【副団長・リュカ視点】


 ここは魔法騎士団内にある団長室。

 午後、レオン団長とともに取り組んでいた書類仕事がようやく一区切りつき、ソファーにて休憩を取っていた時だった。


「お、ちょうどいいタイミングで届いたね」


 午後の便で届いた配達物を受け取ったレオン団長は、いそいそと嬉しそうな顔をしながら箱を開けた。そこから現れたのは一通の封筒と、綺麗に包装された細長い箱と正方形の小さな箱が1つずつ。


 まず同封されていた手紙を開封し、ふんふんと頷きながら読み終えたレオン団長は、細長い箱のリボンを解いた。


「僕の分は……綺麗なガラスペンだ。ふふ、中にレティシアの色の魔法石が入ってる。アクセサリーはレティシアがいるから、許可なく贈らない配慮をしてくれたのかな? コハクはそういう気遣いを自然としてくれるから、ついつい妹みたいに可愛がりたくなるんだよね」


 レオン団長の手元にあるガラスペンはとても精巧な作りをしていたが、何よりペンの上部に入っていた魔法石の輝きが私の目を引く。


 体質の件もあり、今まで数々の魔法石を見て触れてきた。そんな自分だから、魔法石を見る目はあると自負しているのだが、かなり上質な魔法石だ。


「これは……特注で作られたのですか? 随分と精巧で美しい魔法石が入ってますね……」


「いや? 業者に注文した物ではなくて、コハクからの手作りのプレゼントなんだ」


「コハク……あぁ、最近いらっしゃったスイ様の姪御さんの……?」


 私は少し風変りな異世界転移者、しかし今でも王家や魔法騎士団からの人望が非常に厚い男性を思い出していた。


 もちろん私自身も以前大変お世話になったことがあり、感謝している内の1人だ。


「スイ様の血縁の人は、共通してモノづくりがお好きなのでしょうか……?」


「うん。コハクもスイに負けず劣らず魔法石作りの才能があったらしくてね。元々向こうの世界でも趣味でアクセサリー作りをしていたそうなんだ。それもあってなのか、転移してまだ間もないんだけど魔法石アクセサリー作りがかなり上達しててさ。で、これはリュカ。君にだ」


 そう言ってレオン団長は、私の前に小さな正方形の箱を置いた。きっと私は驚きと困惑の表情を浮かべていたことだろう。


「私に、ですか……? でも私は……」


「コハクには僕から依頼したんだ。君の事情を聞いてもらったうえで、快く制作してくれたよ。コハクからの手紙には『無理はせず、ダメだと感じたらすぐにアクセサリーから離れてほしいです。珍しい魔法石を作らせてもらえて、こちらも勉強になりました。ありがとうございます』って書かれてるよ」


 伝えられたまっすぐな言葉に、私は目を見開く。


「真っ先にガラスペンの中に装飾された魔法石へ視線がいっていたよね。君は魔法石を見てどう思ったんだい?」


「……とても、綺麗だと。純粋に、ただそう思いました」


 魔法石は、輝きと透明度が増せば増すほど高品質で、その魔法効果も高いとされている。


 コハク様の魔法石は透き通っていて、まるで夜空に浮かぶ月のような輝きを放っていた。こんな風に目が離せないほど引き寄せられたのは初めてのことで、正直……戸惑いを隠せない。


「うん。魔法石は製作者の人の心を映し出すというよね。だからその箱の中にはきっと、ただ純粋に君の体質のことを思って作ってくれた物が入っているはずだ。たとえ触れられなくても、そんな素敵な贈り物を見てみるくらいはいいだろう?」


「……はい」


 私は震えそうになる指先に力を入れ、慎重に箱にかけられていたリボンを解いた。


 箱の蓋を開ければ、すぐに魔法石が視界に入るだろう。

 しかし同時に異性であるコハク様の魔力の香りも、自分の体質では勝手に感じ取ってしまうはずだ。それでも、この箱を開けて魔法石を見たいという思いは、なぜか私の中に強くあった。


「……」


 私の向かい側に座っているレオン団長も、固唾を飲んでこちらを見つめているようだった。


「………っ」


 箱を開け、すぐにシルバーの二連ブレスレットに目が引き寄せられる。控えめだが上品な細工がされた、繊細なチェーンに付けられていたのは、自分の瞳の色に似ている2個のアクアマリンの魔法石。その魔法石の美しさに息をのんだ。


 この美しい品が、私の為だけに作られた魔法石アクセサリーなのか……?


 そう実感しはじめると、自分の手が無意識にブレスレットへと伸びていく。


「……リュカ。おーい……リュカ? 触れていても大丈夫なのかい? 魔力の香りは……?」


 心配そうなレオン団長の声にハッと我に返る。手元を見れば、自分の右腕にブレスレットを装着しようとしていたのだ。異性の作った魔法石アクセサリーに触れ、躊躇うことなく行動していた自分に驚いてしまった。


 それに……レオン団長に言われるまで、魔力の香りが全く気にならなかった……?


 意識してみれば、香りは存在していた。しかし魔法石からほのかに香ってくるのは、優しい陽だまりの中にいるような、心地の良い花の香り。好ましい香りだからなのか、自然と受け入れられている自分が信じられなかった。


「コハク様の魔力の香りは……なぜか大丈夫みたいです」


「……っ、そうかっ……!」


 呟くように告げた私の報告に、レオン団長は目を見開き、前のめりになって歓喜の声をあげた。


「……まさかリュカが家族以外の魔力の香りを受け入れられてるなんて……これって本当にすごいことだよ……? そうだっ、魔法石の効果も確かめてみようっ!?」


 信じがたい状況すぎて中々実感が湧いていない私とは正反対に、レオン団長はとても興奮しているようだった。


 私は今度こそ、ブレスレットを右腕に装着する。

 2つの魔法石が手首に触れ、まず魔力が吸収されていく感覚があった。だけどそれは決して無理やり大量に、というような感覚ではなく、とても緩やかに。ゆっくりと広がっていく冷たさが心地よく、頭の凝り固まった疲れが緩んでいくようだった。


「付けていると魔力量がちょうどよいペースで吸収されて、楽になってきています……」


 私はあまりの心地のよさに、思わずソファーの背もたれに寄り掛かって目を閉じてしまった。

 この様子なら、もう少し時間が経てば長年悩まされている頭痛も軽減してくれるかもしれない。付け始めた今でも十分効果があるのに……


「すごい効果だね……魔力の香りの件もそうだけど、よっぽどコハクとの魔力の相性がいいのかな? もう1つの魔法石は、手紙では水のような透明の薄い膜を何重にも張って、魔法に満たない微量の魔力に反応した際に割れて相殺するようになってるらしいけど……どんな感じなんだろう? レティシアに協力してもらって、家で検証しようか」


「そうですね……不特定多数のいる場所で検証して、勝手にコハク様ご本人の知らない所で噂が広がるのもよくないですし……奥様にお願いできますと幸いです。場合によってはご不快な思いをさせてしまうかもしれませんが……」


「いつも言ってるだろう? レティシアはそういうことを気にしないから大丈夫だって。ちょうどエリオンも君に会いたい、剣を見てもらいたいと駄々をこねていたところだ。それでおあいこにしてくれ」


「……はい。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 面倒な体質の自分をいつも家族のように気にかけてくれる上司に、感謝してもしきれない気持ちで私は頭を下げたのだった。

 

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