第8話 アクアマリンの瞳を思い浮かべて

 

 レオン様が帰られたあと、私はすぐに作業に取り掛かることにした。


 体調不良に苦しんでいる人がいるなら、なるべく早く楽にしてあげたいなって……無意識に体が動いていたのだ。


 魔法石作りを始めてすぐ、翠さんの工房部屋の隣に私の作業部屋を作ってもらってしまったので、最近はすっかりそこに入り浸っている。


 部屋もそうだけど、基本的な作業道具やらなんやらを、翠さんが全て不自由なく揃えてくれたのだ。


「うぐぐ……そもそも衣食住をお世話になっているだけでもありがたいのに、何も返せてなくて申し訳ない……」


 絶対にかかった費用は払うからと言って譲らない私に、翠さんは「じゃあ出世払いで」と笑っていたけどもさ……


 積みあがっていく金額は一体おいくら程なんだろうな……と、つい遠い目になる私である。

 

「よしっ、とにかく試しに作ってみよう。魔法石は2つ必要でしょ。それから、騎士様なら動くときに邪魔にならないアクセサリーがいいよね……うーん……」


 あと、顔の近くにつけるようなアクセサリーは魔力の香りの件もあるから、一応やめておこう。


「……手首にピッタリはまるようなブレスレットなら、邪魔にはならないかな? 手首のサイズは分からないから、そこは追々調節させてもらえばいいし」


 魔法石をアクアマリンにするなら、チェーンはシルバーがいいかも。男性がつけるものだからモチーフは少なめにして、なるべくシンプルにしよう。魔法石自体が十分目立つだろうしね。


「魔法は、体内の魔力を吸収だから……えぇと、熱を吸収するようなイメージにしてみよう。熱冷ましのシートみたいなイメージでいけるかな? 頭痛に引っ張られすぎかなぁ……」


 でも、なんとなくピッタリな気がするんだよねぇ……


 他者の魔力の香りを遮断させる石の方も、シャボン玉のような膜をイメージして作るつもりだから、2つとも水に関連するものになりそうだ。偶然だけど、アクアマリンの色味的にも相性がよさそうでちょうどいいと思う。


「今までにない魔法を創るときは、自分の考えた言葉で魔法を唱えないといけないんだっけ……」


 熱冷ましシートのイメージをそのままに、身体の熱を魔力に置き換える。その熱を、魔力を吸収して、身体の辛さを和らげてくれますように。


「【魔力チャーム吸収アブソープション!】」


 私の指先から魔力がゆっくりと流れていき、無事アクアマリンの宝石の中に収まった。宝石は、透き通った輝きはそのままに、より青みが鮮明になったような気がする。


「うん……多分、成功してるはず。後で翠さんにも見てもらおう。もう1個の方はどうしようかなぁ……」


 具体的なイメージがあるわけではないから、難しそうなんだよね……シャボン玉そのままのイメージだと強度がなさすぎるし、逆に強度を上げすぎて、空気そのものを遮断させてしまったら大変だ。


「香りの遮断……いっそ身体の周辺に風を吹かせて、常に換気させておくってのも考えたけど……ちょっとなぁ~……」


 魔力もまだまだあるし、焦らず色々挑戦してみよう。今日新しい魔法石を1個作れただけでも十分な進歩だ。


「あ、そうだ。魔力吸収の石は使用者を副団長様限定にした方がいいか。場合によっては悪用されちゃうかもだし」


 そのあたりの注意点は、腕のサイズの件も含めて、渡す時にレオン様の方から伝えてもらおうっと。


 あれこれ試行錯誤をしているうちに日が沈み、夕食前には翠さんが帰ってきた。


 私は昼間にレオン様が来たことと、それからレオン様から魔法石アクセサリーの依頼を受けて、制作し始めたことを話した。


「ふぅん……」


 翠さんがなんだか珍しく真面目な顔で考え込んでいる。大好物の香辛料ががっつりかかったスパイシーチキンも食べずに。


「どうしたの? あ、もしかして、依頼を勝手に受けない方がよかった……?」


「ん? それは全然構わないぞ? レオンからの依頼なら心配いらないしな」


「なんだ、よかった……」


「悪い悪い。こはくからの話を聞いて、ちょっと別のことを思い出してた。こはくもこっちの世界に慣れてきたみたいだし、ぼちぼち俺も隣国に仕入れでもいこっかなって思ってさ。んで、その関係でこはくに頼みたいことがあるんだよな」


「なに?」


「俺の留守中、ちょい店番を頼めないか?」


「お店って……えぇと、前に話してた翠さんの魔法石ショップ?」


 確か、店員さんも雇わずに、翠さんの完全な趣味で開いてるお店だっけ。営業時間も曜日も不定期っていう、幻のお店。


「おう。長期で店を空ける時はなるべくストックを用意して、信頼してる奴に週1くらいで店を開けといてくれって頼んで行くんだけどさ、今回はあんまり準備してねぇし、どうすっかなーと思ってて。んで、なら店自体を閉めっぱでもいいかとも考えたんだが……そういやこはくがいたわと思って」


「へ? 私?」


 ストックの足りなさと私がどう繋がるのか、私は不思議そうに首を傾げた。翠さんはニヤッと笑って、私の手首についたブレスレットを指さす。


「魔法石アクセサリー、あれから結構な数が出来てんだろ? 出来も問題ないし、試しに店に置いて販売してみないか?」


「えぇぇっ!?」


 確かに、社畜だった時に満足に時間が取れなかった分、ここではアクセサリー作りに沢山時間が振れているわけで。

 練習と称して作った小さな魔法石がある程度貯まると、比較的簡単なイヤリングやピアスといったアクセサリーにコツコツと加工していたのである。


 もちろんこの国の常識やマナーに加えて、魔法の勉強も毎日しっかりやってるけど、前の生活を比べたら遥かに優しいスケジュールなのだ。つまり、規則正しい生活が送れている今の私は、元気いっぱいでして。


「勉強の方も基礎は終わってんだろう? なら金勘定も大丈夫だろ。それに店自体もそんなに広くないし、セキュリティーはしっかりしてるから安心だぞ。本当に悪意があるやつは、そもそも店に入って来れないようになってるしな」


「それは安心だけども……」


「店番してて暇な時はアクセサリーを作ってて構わないぞ。あぁ、バイト代も出すわ」


 とんでもないことを言い出す翠さんに、私は慌てて返事をした。


「バイト代はいらないよ! 日頃お世話になってるんだから、それくらい無償で手伝わせて!」


「よっし。じゃあ店番はやってくれんだな? 店を開ける頻度はこはくの自由でいいから、よろしく頼むわ」


 にんまりと、翠さんからしてやったりな笑みを向けられ、あ、となる私。

 自分で言った手前、後には引けず「……頑張ってみる」と頷いたのだった。

 

 なんか私……上手いこと言いくるめられてないか?


 ぐぬぬ……夕ご飯のあと、魔法石の相談にいっぱい乗ってもらっちゃうんだからね……!

 

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