第4話 異世界で新生活のスタートを
「……っと。つい色々と話し込んじゃったけど、だいぶ夜も更けてたんだったね。今夜は2人とも王宮に泊まるといいよ。明日その足で神殿に行ってコハクの魔力を調べよう。王宮から行った方が近いし、断然楽だと思うし……どうかな?」
「そうだな、んじゃお世話になるか」
軽い調子でよろしく~と返事をする翠さんに、私はぎょっとした。最上級クラスの場所で寝泊まりとか、全然心の準備ができてないんですけどっ……!?
「コハク、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。普通の客間を用意するから安心して? あ、でもスイの家の部屋の広さだって、こことあんまり変わらないと思うし、今からでも慣れておいた方がいいんじゃないかな」
「えっ!?」
「おいおい、俺の家はこんなゴテゴテしてねぇぞ?」
「まぁ、確かにシンプルだよね。でもスイが生活を趣味に全振りしてるから、どうせ屋敷のことは家令に任せっきりなんだろう?」
……この会話の何が怖いって、翠さんが部屋の広さについては否定していない点である。
2人とも随分と軽い口調で話してるけど、そんなセレブの会話に一般人の私はついていけないよ……!?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一般的な客間だからと案内を受け「それでもめっちゃ広いよぉぉ……?」と脳内でツッコミしながらも、高級ホテルのような部屋でふっかふかのベッドに横になった……ら、気が付くと朝になってました。週5社畜勤務の身体は、自分が思っていたよりも疲れていたっぽい。
う~ん……といつものようにベッドの上で身体を伸ばしていると、控えめなノック音が聞こえてきた。
「はいっ!」
「コハク様、お目覚めになられましたか? 身の回りのお世話をさせていただきたいのですが、入室してもよろしいでしょうか?」
「あっ、はい! どうぞ!」
そう返事をして、私は慌ててベッドから飛び起きた。
なんでも、この国の貴族の人が着る服は1人じゃ着られないような服だから、朝の身支度は手伝ってもらってねと、昨夜レオン様から念を押されていたのだ。でもさ、1人じゃ着られないような服ってもしかして……?
私の予感が当たったということは、いうまでもない。
「おはよう、ございます……」
慣れない格好にあくせくしながら、おずおずと朝食の場へ足を踏み入れると、翠さんとレオン様が既に席に着いていた。
「――おはよう、コハク……うん、とても似合ってるね」
「おお。いいじゃねぇか」
「あ、ありがとうございます……」
自分の恰好を褒められる機会なんてそうそうないから、なんだか恥ずかしいや。私は慣れないドレスの裾をさばきながら、席に着いた。これでも装飾の少ない簡易的なドレスらしいけど、こういうのを着てると自然に背筋が伸びる気がする。
私は記憶の彼方にあるテーブルマナーを思い出しながら、美味しい朝食をいただいた。
「というか翠さん。私の瞳の色、なんで変わってるって教えてくれなかったの? 鏡を見て、すっごいびっくりしたんだよ?」
「あぁ、それか。俺もほら、最後にこはくと会った時の髪の色がそのままになってるだろ? 異世界転移すると、なんかしらの色が定着するっぽいんだよな」
「あ、そっか。翠さんのその髪色は地毛じゃなかったもんね」
翠さんは昔から色んな髪色に染めていたけれど、最後に会った時はブラックエメラルド色という、黒に緑のグラデーションが入った、ちょっと変わった髪色にしていたのだ。
「でも私、カラコンもしてなかったのになぁ……?」
そう、私の瞳は髪の毛と同じ、生まれながらの焦げ茶色だったはずなのに、琥珀色になっていたのだ。
だんだん見慣れてきたら「べっこう飴みたいで綺麗だな」なんて思えるようにはなったけども。まぁ、どちらかというと茶色に近い色味だったから、そこまでの違和感がなかったし、その点もよかったのかもしれない。翠さんみたいにカラフルな色味、自分には似合わないしね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「戸籍については、僕からちょこっとだけ神官長に口添えして、スイの姪としての戸籍をすぐに作ってもらうから任せてね」
「よ、よろしくお願いいたします……?」
ウインクを投げてくる王子様に、私はへらりと愛想笑いを浮かべながら返事をした。
やっぱり予想していたとおり、豪華で乗り心地のよい馬車に乗せられた私は、絶賛翠さんとレオン様と一緒に神殿へ向かっている最中である。
この国の王子様からの口添えって、すごいコネクションな気がするけど……もう何も言うまい。事がスムーズに流れるのなら、思い切って身を任せるのだ。昨日からずっとそうしてきたんだろう、私。
神殿に到着し、奥の部屋へと案内されると、そこには白い法衣のような服を着た、柔和な笑みを浮かべたおじいちゃんがいた。
「レオン王子の急な訪問のご連絡とのことでしたが、はて。初めましての方がいらっしゃいますな? ご用件はこちらのお嬢さんの件でしょうか?」
「あぁ。彼女はスイの姪のコハク。昨夜突然僕達の所に転移してきてね。急で申し訳ないのだけど、彼女の戸籍作成と魔力量の確認をしてもらいたいんだ」
「ほうほう、スイ様の姪御様がいらっしゃったのですか。あぁ、確かにお顔立ちがどこか似てますな。遠い所から、ようこそはるばるお越しくださいました」
「綿矢こはく……あ、コハク・ワタヤと申します。お忙しい中、お手数おかけいたします」
「いえいえ。とんでもございません。すぐにご準備いたしますぞ」
神官長様はそばに控えていた人に書類の手配をすると、その間に魔力量を調べましょうかと、机に置かれていた水晶玉を私の前に置いた。
「こちらの水晶玉は神殿にはるか昔から伝わる、魔力量を測れる特別なものでしてな。女神様のご加護があって、神殿から持ち出すことは不可能と言われているものなんです。さ、ここに手のひらを載せていただけますかな?」
「本当に何もせず、ただ載せるだけでいいんですか?」
神官長様がにっこりと笑って頷かれたので、私はそっと水晶玉に自分の手を載せた。すると私の手のひらが、じんわりと温かくなってくる。例えるなら、心地よいぽかぽかした春の陽気に包まれているような……
水晶玉を見ると、透明だったはずの水晶玉は、私の瞳と同じ琥珀色に変わっていた。
「――ふむふむ。コハク様、もう手を離してもよいですぞ。コハク様にもスイ様と同様に、魔力がおありのようですな。魔力量はスイよりやや多い、まぁ僅差といったところでしょう」
「やっぱりね。となれば魔力操作を学んだり、魔法を実践したり……色々とやることが目白押しだね、コハク」
「が、頑張ります……!」
「ほほ、そう身構えなくても。水晶玉の色の変化を見るに、コハク様は体内の魔力循環をとても自然に行えているようですから、コツを掴めばあっという間でしょうなぁ」
「そうなんだ。順応性が高いのかな? スイの時は水晶玉に魔力が勢いよく流れちゃって、魔力酔いもしてたのにね」
「おい、レオン。俺の黒歴史をペラペラ話すなよ」
ワイワイとした雰囲気に、私もいつの間にか張っていた肩の力がするりと抜けていった。一応、緊張はしてたみたいだ。
水晶玉に乗せた瞬間の感覚が魔力を感じるってことなら、自分の中の魔力をうまくコントロールできそうだなって、なんだか漠然と思った。魔法の魔の字も知らないのに、不思議だよね?
「こはく。お前は異世界で何をしてみたい? 今まで頑張ってきたんだ。好きなことをやって、めいっぱい遊んだっていいんだぞ?」
「私がしてみたいこと……」
翠さんに優しく問いかけられ、私はこの異世界で、諦めきれてない自分の夢を叶えてもいいのかな、そんな風に思えた。
そう、ハンドメイドのアクセサリーショップを開くという夢を。
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