第2話 感動の再会?

 

「なに……!? まっぶし……!」


 思わずそう叫びながら、目を瞑っていた。


「こはく!?」


 懐かしい声にハッとして、慌てて瞼を開ければ、そこには驚いた顔をした翠さんが立っていた。きっと私も同じくらい目を見開いて、驚いた顔をしていたと思う。


「うそ、翠さんっ!?」


 私の足は自然とそっちへ向かって駆け出していた。その場にいた他の人が目に入らないくらいには、1年ぶりに出会えた衝撃は大きかったっぽい。


「いつの間に帰って来たの? 心配したんだよ!?」


「あー、いや? こはく、あのな? 俺がそっちに帰ったというか……その……」


 何だか気まずげに頬をぽりぽりと掻く翠さんである。どうしたんだろう。


「うん?」


「こはくがこっちに来たって感じ……だな」


「……へ?」


 よくよく見てみれば、私が今いる場所は、見慣れた自宅の翠さんの部屋の中なんかじゃなかった。


 えぇと、外国っぽい……貴賓室っていうのかな? 足元はフカフカの高級そうなカーペット。裸足だからその素材の柔らかさがよく伝わってくる。部屋は広くて豪華な洋室で、置いてある家具やインテリアが絶対に高いものである事は私でも分かった。


 ……何の変哲もない薄手の長袖トップスに、高校の時の長ジャージのズボンという、ザ・部屋着の私が明らかに浮いているのは明白だ。


「どっ、どこ、こここっ……!?」


 挙動不審になった私の肩に、翠さんが両手をポンと置いた。


「こはく、落ち着いて聞いてほしいんだけどさ……ここはな、異世界にある魔法大国【エリアディ】ってとこなんだ。こはくはな、家から異世界転移してきた。オーケー?」


「…………うん?」


 たっぷり長考した末に、出てきた言葉はなんとも間抜けなものだった。翠さん、今「異世界転移」って言った? よね? そんな本で読んだ事があるような事が現実で起こるわけ……ないじゃんね?


 そうか、分かったぞ。疲れすぎて私は翠さんの部屋で気絶するように眠っているんだ。


 うんうん、夢ならこの状況も受け入れられるかと一人で納得していた時、部屋にいたらしい見知らぬ人の声が響いた。


「――スイ。この子が別世界にいたっていう、君の姪で合ってるのかい? 感動の再会っぽいけどさ、とりあえず座ったらどうかな」


 声がした方へ視線を向けると、そこには煌びやかな騎士服を着た綺麗な男の人が、微笑みながらソファーを勧めてくれていた。


「え、えぇと……ありがとうございます……?」


 やけに受け入れるのが早いなと、翠さんは不思議そうな顔 (訝しんでいたかもしれない)をしながら呟いていたけれど、そんな私の様子に、すぐにピンときたようだった。


「……なぁ、こはく。言っておくけどこれ、夢じゃないからな? ウソだと思うなら、ちょっとだけ自分の頬でも抓ってみろ」


「いやいや、夢なら痛くないんでしょ?」


 これまた驚くほど座りやすい快適な高級ソファーに身体を預けて、ははは、と笑いながら思いっきり自分の頬を抓ったら、あまりの痛さにちょっと飛び跳ねてしまった。


「いったいね!?」


「だからちょっとだけって言っただろ……でもな? 偶然だけど、こはくがこっちに来れて正直俺はホッとしてるよ。いつも通り帰るつもりだったんだけど、今回はそうはいかなくなっちまってさ」


 そう言って、隣に座って翠さんは私の理解が追い付かないような、突拍子もない話を始めたのである。


 ――まず、今まで翠さんは外国に行っていたのではなく、異世界に行っていたらしい。


 仕組みはよく分からないのだけど、翠さんの部屋にあったブローチと対になる、もう1つのブローチを使って、異世界と家を行き来していたんだって。でも、そのブローチが異世界にいる間に不慮の事故で壊れてしまって、家に戻れる手段を失くしてしまったそうだ。


「……そういえば、翠さん小綺麗になったね? 家にいる時は適当な服を着てたのに」


 今の翠さんの格好は、いうなれば正装って感じだ。高級ホテルの最上階でやってるパーティーに参加してるみたいな……いや、それよりも煌びやかかなぁ……? 翠さんって元々顔が整ってるイケおじだったから、普通に似合ってるけども。


「あー、これか。たまたま今夜は夜会が開かれててな。流石に普段からこんな格好してないぞ? そもそも夜会に出席するつもりはなかったんだけど、目の前にいる王子様に頼まれちまってさ」


「……うん? 王子……様……?」


 くいっと翠さんの顎が示す先は、ローテーブルを挟んだ向かい側のソファーに座っていた、先ほどの騎士服の人である。


 ……私達の会話に口を挟まず、ニコニコしながら眺めていたこの人が……王子様ですと……!?


「い、今更だけど私、不敬じゃない……!? も、申し訳ございません……!」


 ひぃ。こんなダルダルの部屋着で、ヘラヘラしながら図々しく高級ソファーに座って、挨拶もせずに王子様をほったらかして翆さんとお喋りしてたなんて……!


「いや、気にしないでいいよ。急にこっちに飛ばされて困惑してるのも無理はないもの。まずは説明と納得する方が重要だよね。あ、僕はこの国の第2王子で魔法騎士団長のレオン・エリアディ。スイにはかなり助けてもらったんだ。よろしくね、コハク」


 柔和な笑みを浮かべて挨拶をされると、私もホッとして少しだけ肩の力が抜けた。よかったよ、権力を振りかざすタイプの人じゃなくて……


「綿矢こはくと申します……! えぇと、叔父がお世話になっております……?」


 翠さんがこのキラキラした王子様を助けるような場面があったのか……? と不思議に思いながらも、私はぺこりとお辞儀をして挨拶した。


 よかったら、とローテーブルの上に夜会仕様の軽食と飲み物が出され、私は好奇心とちょっぴり空腹なのも相まって、ごちそうになった。翠さんも隣でパクパク食べてたしね。ちなみにめちゃめちゃ美味しいです。


「というか、コハクはどうやってこちらに転移したんだろうな? スイが家に置いておいたっていうそのブローチは、帰還用の指標にしてあったやつだろう?」


 レオン様は、私が転移した時に持っていたブローチを不思議そうに見つめた。ブローチはテーブルの上で相変わらずキラキラと輝いている。


「こはくは俺の部屋でブローチの確認をしてくれてたのか?」


「うん。翠さんが生きてるかどうかは、それでしか確認できなかったし……」


 その確認方法だって未だに信じられないけど。でも、実際に翠さんはこうして生きていたんだから驚きだよね。


「あ、でも今日初めてブローチを持ち上げたよ? 翠さんの部屋の換気をしようと思って、窓を開けたらすっごく綺麗な満月でね? 確か……その光に照らしながらブローチに嵌めてあった石の色を呟いたら、目を開けていられないくらい石がすごい光って……」


「それかっ!」

「それだね!」


「え?」


 私の身に起きた一部始終を話した途端、納得顔になって2人は声を揃えて叫んだ。私はついていけず、はて、と小首を傾げたのだった。

 

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