第8章『サバンナの掟』

ドワーフの国ボルダヘイムを後にした一行は、灼熱の太陽が照りつける、広大なサバンナへと足を踏み入れた。

「ここが、獣人連合サヴァニア……。空気がまるで違いますわね」

ルーナが、額の汗を拭いながら言った。乾いた草の匂いと、どこまでも続く地平線。そこは、力ある者だけが生き残る、原始の掟が支配する土地だった。

「ガハハ!森や洞窟もいいが、こういうだだっ広い場所も悪くねぇ!」

ボルガンは、対照的に上機嫌だった。


しばらく進むと、巨大な牙や骨で飾られた、獣人たちの集落が見えてきた。屈強な獣人たちが、一行の前に立ちはだかる。ライオン、虎、熊。そのどれもが、歴戦の戦士の風格を漂わせていた。

「止まれ。何者だ、お前たち」

「我々は旅の者だ。族長に会わせてほしい」

カイが代表して言うと、獣人たちは鼻で笑った。

「族長に?ひ弱な人間と、高慢ちきなエルフ、騒々しいドワーフがか?」


その時、獣人たちがさっと道を開けた。現れたのは、一人の狼獣人だった。しなやかな筋肉を持つ長身に、鋭い銀色の毛並み。その金色の瞳は、獲物を見定めるように、冷たくカイたちを射抜いていた。

「ガロウ様……!」

獣人たちが、畏敬の念を込めてその名を呼ぶ。彼こそが、次期族長候補のガロウだった。


「族長に何の用だ」

ガロウの声は、低く、よく響いた。

「僕たちは、この世界の偽りの歴史を正すために旅をしている。そのために、獣人族の『王の証』の力を貸してほしいんだ」

カイの言葉に、ガロウは初めて興味を示したように、片方の眉を上げた。

「偽りの歴史、だと?面白いことを言う」


「お前は、言葉で世界を変えられるとでも思っているのか?」

ガロウは、カイの目の前まで歩み寄る。その威圧感に、カイは思わず息をのんだ。

「そうだ。真実を明らかにすれば、きっと……」

「甘いな。言葉など、強者の前では無力だ。このサバンナでは、力こそが唯一の掟。正義なのだ」

その言葉は、揺るぎない信念に満ちていた。


「ガハハ!威勢のいい兄ちゃんじゃねえか!気に入ったぜ!」

ボルガンが豪快に笑う。

「野蛮ですわ……。力で全てを解決できるとお思いなの?」

ルーナは、不快感を隠そうともしない。

「そうだ。力があれば、仲間を守れる。裏切り者を討つこともできる。違うか?」

ガロウの視線が、カイを捉える。


「お前の言うことは、わかる。僕も、力があれば、故郷を救えたのかもしれない」

カイは、静かに言った。

「だが、力だけでは、憎しみの連鎖は断ち切れない。僕たちは、その先へ行きたいんだ」

「その先、か。綺麗事だな。お前のその理想は、どれほどの力を持つ?」

ガロウは、背中の大剣に手をかけた。


「お前の『強さ』とやらを、俺に見せてみろ」

ガロウの瞳が、挑戦的に光る。

「もし、お前が俺に勝てたら、族長に会わせてやろう。だが、負ければ、お前たちの旅はここで終わりだ」

「決闘ですって!?」

ルーナが声を上げる。

「待て、兄ちゃん!こいつの強さは、腕っぷしじゃねえんだ!」

ボルガンが前に出ようとするのを、カイは手で制した。


カイは、まっすぐにガロウを見つめ返した。勝ち目など、あるはずがない。だが、ここで引くわけにはいかなかった。

「わかった。その決闘、受けよう」

彼の声は、震えていなかった。

「ほう……。面白い」

ガロウの口元に、初めて獰猛な笑みが浮かんだ。

「いいだろう。明日の朝日が昇る刻、この場所で待っている」


ガロウが去った後、ルーナがカイに詰め寄った。

「何を考えているのですか、カイ!あなたに勝ち目など!」

「わかってる。でも、これは僕が超えなくちゃいけない壁なんだ」

力だけが支配するこの地で、カイは自分なりの戦い方を見つけ出すしかなかった。理想を掲げる彼の前に、あまりに厳しい実力主義の掟が、巨大な壁となって立ちはだかっていた。

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