少年の奮起

第1話:グランドマスター

 この世界には「ハンター」と呼ばれる者たちがいる。彼らは〈ドア〉と呼ばれる境界の向こう側へ踏み込み、未知と危険の狭間で生きる存在だ。


 そして、彼らを特別たらしめるもの。

 それが『紋章』である。

 紋様は生まれながら、あるいは何らかの契機で刻まれる神秘の印。

 その印がある者は、必ず何らかの異能を宿す。


 刻まれる場所は人によって異なるが、腕や手の甲に現れることが多い。

 しかし中には、背中一面や瞳の奥、あるいは心臓の上にまで宿す者もいるという。


 紋章の種類は多岐にわたる――

『神型』『英雄型』『動物型』『武器型』

『異能型』『植物型』

 そして、分類できないほど多種多様な紋様が存在する。


 ハンターたちは皆、それぞれの紋様に宿る特別な力を持っている。


 中学生になった僕は、幼馴染たちと別れることになった。理由は単純だ、家が引っ越したからだ。その後、会うことはほとんどなくなった。当時はまだスマホもなく、連絡手段はほぼ皆無だった。


 新しい環境に入った僕は、すぐにいじめの標的になった。それ以来、自己肯定感はほぼゼロだ。小学生のころのように、僕はもう勝てない。周りの連中はみんな紋章が解放されているのに、僕だけはまだ何も発動していない。

 もし幼馴染たちが今の僕を見たら、きっと幻滅するだろうな。

 そんなことを考えていると先生が口を開けた。


「さて、君たちもいよいよ三年生だな。来年は進路を決める、大切な節目の年になる。ドアの向こう側へ進み、ハンターとして戦う者もいるだろうし、この国を守る自衛隊に入る者もいるだろう。自分の道はしっかりと見極めて決めるんだぞ。」


 そう、来年はいよいよ進路を決める年だ。

 一応、僕にも紋様はある。

 だがそれは、他の者のように鮮やかに刻まれたものじゃない。かすれた墨で描かれたように、薄く、頼りなく、ただ存在しているだけの印だ。


 どんな効果があるのか、正直、僕自身も分からない。一時期は、それこそちょっとした有名人だった。「新種の紋章かもしれない!」なんて騒がれて、新聞にまで載り、教師やハンター協会からも期待の目を向けられた。


 けれど……結果は空振りだ。

 何度試しても、力は目覚めない。派手な奇跡も起こらない。

 ただ腕に、薄ぼんやりとした印があるだけ。

 今じゃ、あの騒ぎもとっくに過去の話。

 あの時の期待なんて、もう誰も覚えていないだろう。

 効果も分からない、役にも立たない紋様なんて。


 ♢♢♢


 放課後、僕は友達の部室に顔を出していた。そこには、親友の五十嵐 什造じゅうぞうと秋元 光がいた。


「やっほ〜遅いよ」


 光がぐうたらと待っていたらしい。この学園一番の美少女と評される彼女の容姿は、かつて一緒にいた僕たちの幼馴染と同じくらい可愛らしかった。


「ごめん、ごめん」


 僕は光の隣に腰を下ろした。


「俺らもそろそろ3年生だな〜。決めてんの、ほら、夢とか」


 五十嵐の声に、僕は少し悩んだ。本当はハンターになりたかったけど、今の僕にそれは無理だろうな、きっと。


「私は、やっぱり紋章学かな。海外留学に行って紋章について深く知りたい」


 光は無紋章だ。無紋章は差別されやすい。だからこそ、彼女は紋章が発見できない人たちのために道を探そうとしていた。


「はぁ〜? 無理じゃありません、あんたこそどうすんのよ」


 光が眉をひそめ、腕を組んで五十嵐を見つめる。


「俺?俺は五十嵐組を継ぐぜ。」


 五十嵐は軽く肩をそびやかし、誇らしげに笑った。


「社会のゴミに自分からなりに行くなんて」

「……あん? お前今なんていった!」

「ゴミ! 社会のゴミ! ゴミ!!」


 二人は冗談めかして言い合っている。本当に仲がいい二人だ。彼らは幼馴染で、僕だってずっと一緒だった。幼馴染たちが──笑い合い、けんかしながらも互いを支え合っていた日々を、僕は思い出すのだった。


「ね、天城!」

「え?!」

「え、じゃないわ。私の方が正しいよね?」

「いやいや、俺だろ? な、天城」


 二人は同時に俺に視線を向ける。その反応に、俺は思わず苦笑い。困ったな……どっちを取ればいいんだ?


「もう、困ってるじゃん、什造じゅうぞう

「俺のせいかよ?! 光が悪いだろ」

「はぁ〜、私のどこが悪いんですか?」


 また二人は喧嘩している。本当に仲がいいな……喧嘩するほど仲がいいって、まさにこのことだ。


「で、天城はどうするの?やっぱ普通の高校?」

「うん、そうだね……僕は弱いから」

「卑屈になんなよ。お前は確かに紋章は覚醒してないけど、諦めんな!」

「時に諦めも大切だよ。ね、ね、天城! 私と一緒に紋章学、勉強しない? 一緒に海外行こ!」


 光が俺の腕を掴む。その熱意は確かに心に響く。


「やめろって、天城が紋章学に興味ねぇよ」

「はい?嫉妬してるのまさか……私が天城と一緒になって、嫉妬してるんですか?」

「うるせぇ、してねぇわ!」

「ハイハイ、それで天城どうする?」

「え、今はまだ分からないかな〜」

「えぇ〜」


 と、頬を膨らませる光。


「ほらな行きたくないってよ、天城、なら俺の五十嵐組来るか?事務の仕事やらしてやるよ」

「あはは、ありがとう。でも大丈夫、僕は」

「そっか、じゃあ何時でも紋章学勉強したくなったら来てね!教えてあげる」

「いやいや、俺の五十嵐組に入れ!」

「いやいやいや!私も紋章学!」

「いやいやいやいや俺の五十嵐組!」


 僕は二人のやり取りを笑いながら聞くのであった。

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