第32話

​「頼りにしてるぜ、ユウキ! この先の砂漠の入り口、『オアシス』の街まで、よろしく頼む!」


​ 商人ナジムからの絶大な信頼を得て、俺たちの旅は格段に快適なものとなった。

 他の護衛たちも、俺たちを「若いが、とんでもない実力者」として認め、一目置いてくれるようになったのだ。

 その後、隊商は何度か魔物に襲われたが、俺とフィーナ、グレイの三人がいれば、もはや何の脅威にもならなかった。



​ そして、旅立ちからさらに二週間後。

 俺たちの目の前に、蜃気楼ではない、本物の都市が姿を現した。


​「……見えてきたぜ。あれが、砂漠の入り口、『オアシス』だ」


​ グレイの言葉に、隊商全体から歓声が上がる。

 そこは、これまでに見てきたどの街とも違う、独特の活気に満ちた場所だった。白い漆喰で塗られた家々、色とりどりの布が風に揺れる巨大なバザール市場、そして、行き交う人々の肌の色や服装も多種多様だ。


​「わあ……! 聞いたことがあります、砂漠の民の方々ですね!」


​ フィーナが、ターバンを巻いた商人たちの姿を見て、目を輝かせている。

 俺たちは、無事に隊商を目的地まで送り届けたことで、ナジムから約束の報酬と、さらに特別ボーナスまで受け取ることができた。


​「ユウキ、本当に世話になったな! あんたたちがいなけりゃ、今頃俺たちはグリフォンの餌だったぜ」


​ ナジムは、俺の手を力強く握った。


​「この先、あの灼熱地獄を越えて『アル・サラム』を目指すってんなら、信頼できる案内人が必要だ。もし困ったら、この街の『砂漠の牙』っていうギルドで、『ラシード』って男を訪ねな。俺の名前を出せば、無下にはされねえはずだ」

「ありがとうございます、ナジムさん。助かります」


​ 俺たちは、またの再会を約束し、ナジムたちと別れた。

 まずは、砂漠越えのための情報と装備を整える必要がある。俺たちは、ナジムに教えられた『砂漠の牙』へと向かった。



 そこは、リンドブルムのギルドとはまた違い、日焼けした肌に鋭い目つきをした、歴戦の冒険者たちが集う、より実践的な空気に満ちていた。

​ だが、街の活気とは裏腹に、ギルドの中にはどこか重苦しい雰囲気が漂っている。


​「どうも、様子がおかしいな」


​ グレイが、訝しげに呟く。

 俺たちが、ラシードという男の情報を集めていると、一人の老婆が、祈るように壁の依頼書を眺めているのに気がついた。


​「何か、お困りですか?」


​ 俺が声をかけると、老婆は涙ながらに語り始めた。

 ここ数週間、このオアシスの街で、子供だけがかかる奇妙な『眠り病』が流行っているのだという。一度眠りにつくと、どんなに揺り動かしても、決して目を覚まさないのだと。


​「医者も、神官様も、原因が分からんと言うばかりで……。私の、たった一人の孫娘も、もう三日も、眠ったままなのじゃ……」

「そんな……」


​ フィーナが、痛ましげに眉をひそめる。

 ただの病気とは思えない。ドラグーン山脈を覆っていた、あの邪神の気配。それと同じ種類の、嫌な予感がした。


​「もしよろしければ、そのお孫さんを、診させてはいただけませんか?」


​ 俺の申し出に、老婆は藁にもすがる思いで頷いてくれた。



 案内された家で眠っていたのは、まだ五歳にもならない、小さな女の子だった。その顔は穏やかだが、よく見ると、その顔色は青白く、生命の輝きが少しずつ失われているのが分かった。

​ 俺は、彼女の小さな手にそっと触れ、【鑑定眼・極】を発動させた。


​《名称:リリア》

《状態:魂の吸引(軽度)。『夢喰らいドリームイーター』と呼ばれる、砂漠の蜃気楼が生み出す幻獣により、生命力を少しずつ吸い取られている》

《原因:アル・サラムの大封印の弱体化により、古代の邪悪な砂漠の精霊が活性化。その影響で、夢喰らいが人間の居住区にまで出現している》


​「……やはり、邪神の影響か」


​ これは、病気じゃない。呪いだ。

 俺の言葉に、老婆は絶望の表情を浮かべた。


​《なんと……こんな場所まで邪神の影響が!》

《子供の魂を喰らうだと!? 許せん!》

《ユウキ、助けてやるのだろうな!》


​ 視聴者の声も、怒りに満ちている。

 その時、家の入り口から、一人の男が血相を変えて飛び込んできた。日に焼けた肌、鋭い鷹のような目つき。屈強な砂漠の戦士だった。


​「母さん! この人たちは……!」

「ああ、ラシード……。この旅の方が、リリアを診てくださると……」


​ ラシード。ナジムが言っていた、砂漠の案内人だ。彼が、この子の父親だったのか。

 ラシードは、俺たちを警戒しながらも、娘の容態を案じ、必死の形相で尋ねてきた。


​「……あんたなら、この子の病を、治せるのか……?」


​ その問いに、俺は静かに、だが、力強く頷いた。


​「病気ではありません。これは、魔物が原因の呪いです」

「魔物……!?」

「ええ。ですが、安心してください。その魔物を討伐すれば、お子さんたちは必ず目を覚まします」


​ 俺は、ラシードの目をまっすぐに見つめた。


​「俺たちが、その『夢喰らい』を討伐します。その代わり、あなたの力を貸してほしい。俺たちを、幻の都『アル・サラム』まで、案内してもらえませんか」


​ ラシードは、俺の言葉に目を見開くと、次の瞬間、その場に膝から崩れ落ち、俺の前に深く、深く、頭を下げた。


​「……頼む。もし、もし娘を救ってくれるのなら、俺の命でも、魂でも、何でもくれてやる。あんたたちを、砂漠の果てだろうと、どこへだって連れて行ってやる!」


​ 彼の悲痛な願いが、俺たちの新たな使命となった。

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追放されたSランク支援術師の俺、辺境で気ままに魔物討伐をライブ配信したら、伝説の神々や魔王までが俺の熱狂的ファンになった件 境界セン @boundary_line

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