第20話

「目的地は、北のドラグーン山脈……」


 リンドブルムの宿屋に戻った俺たちは、地図を広げ、これからの旅路について計画を練っていた。

 商業都市リンドブルムから、北のドラグーン山脈までは、馬車を使っても半月はかかる長旅になる。しかも、山脈に近づくにつれて道は険しくなり、凶暴な魔物も増えていくという。


「準備を万端にしないといけませんね」

「はい。ユウキさん、わたくし、薬草の調合が少しだけできます。ポーションをいくつか作っておきますね」

「助かります。俺は、装備をもう少し整えてきましょう。フィーナさんの分の防具も」

「えっ、わたくしのまで……! ありがとうございます!」


 フィーナが嬉しそうに微笑む。二人での旅は、一人旅とは違う温かさがあった。

 俺たちはワイバーン保護の報酬で得た金貨を手に、翌日から旅の準備を始めた。

 俺はフィーナのために、エルフの身体の動きを阻害しない、軽量で頑丈な革鎧を。そして自分用には、予備のナイフや、山での野営に必要な道具一式を買い揃えた。


《お、ちゃんと仲間への気遣いもできるじゃないか、新人!》

《フィーナちゃん、嬉しそうだな! いいぞもっとやれ!》

《しかし、ドラグーン山脈か……。生半可な装備では踏破できんぞ》


 視聴者たちの言う通りだ。俺は、ふと聖剣『アルテミスの祝福』に目をやった。この剣があれば、大抵の魔物は敵ではないだろう。だが、油断は禁物だ。邪神の封印が関わる場所なのだから。



 *


 その頃。

 リンドブルムの裏路地にある、情報屋と娼館を兼ねた薄暗い一室で、一人の女が男に銀貨を渡していた。


「……で、分かったのかい? あの二人組のこと」

「へい。旦那の情報は確かでしたぜ。あの剣を持った兄ちゃんはユウキ。つい最近、辺境のアズール村でFランク登録したばかりの新米でさ。で、隣のエルフの嬢ちゃんはフィーナ。森の民で、ギルド登録はなし。どう見ても、ただの駆け出し冒険者です」


 情報屋の男が、下卑た笑いを浮かべる。

 だが、女――セレスティーナは、その報告に満足していなかった。


「駆け出し、ねえ……。あのワイバーンを、一滴の血も流さずに手懐けた奴らが、かい?」

「そ、そりゃあ……」

「それに、あの剣。鞘に収まっていても分かる。あれは、ただの魔法の剣なんかじゃない……■の気配がする」


 セレスティーナの瞳が、獲物を見つけた獣のように、妖しく光る。

 彼女は立ち上がると、窓からドラグーン山脈の方角を眺めた。


「まあ、いいさ。素性がどうであれ、目指す場所は同じ。『女神の涙』に眠る『月の涙石』は、必ずこの手に入れる。あの子たちには、悪いけど……先に行かせてもらうよ」


 彼女が指をパチンと鳴らすと、部屋の影から、音もなく二人の屈強な男が現れた。


「準備はいいかい? 少し、荒っぽい旅になるよ」

「「御意」」


 セレスティーナは不敵な笑みを浮かべると、闇夜に紛れてリンドブルムの街を後にした。彼女たちが乗る馬車は、街道ではなく、最短距離で山脈へと至る、盗賊や魔物がうろつく危険な獣道を選んで進んでいった。


 *


 三日後。

 全ての準備を終えた俺とフィーナは、リンドブルムの北門に立っていた。

 ここから先は、文明の光が届きにくい、厳しい自然が相手となる。


「準備はいいですか、フィーナさん」

「はい! いつでも!」


 フィーナの顔に、不安の色はなかった。ユキさんがいる。

 そして、自分もユキの力になるのだという、強い決意が彼女を支えていた。


「よし、行きましょうか。邪神の封印を巡る、本当の冒険へ」


 俺たちは顔を見合わせて頷くと、雄大なドラグーン山脈を目指して、力強い一歩を踏み出した。

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