第5話

「怪我は、ありませんか?」


 俺が差し出した手を見て、エルフの少女はびくりと肩を震わせた。

 無理もない。ついさっきまで死の淵にいたのだ。いきなり現れた見知らぬ男に、すぐに心を許せるはずがない。

 俺はゆっくりと手を引こうとした。だが、その瞬間。少女は、おずおずと小さな手を伸ばし、俺の手をそっと握った。


「……は、はい。あなたのおかげで……。ありがとうございます」


 その手は、雪のように冷たかった。よほど怖かったのだろう。

 俺は彼女の手を優しく引き、ゆっくりと立ち上がらせる。彼女はまだ少し足が震えているようだった。


「よかった。立てますか?」

「ええ、なんとか……。あの、わたくしはフィーナ、と申します。あなたは……?」


 フィーナと名乗った少女が、潤んだ翠色の瞳で俺を見上げてくる。そのあまりの美しさに、俺は一瞬、言葉を失った。


「俺はユウキです。しがない冒険者ですよ」

「しがない、だなんて……。あんなに強い方が……」


 フィーナは信じられない、というように首を横に振る。

 その時、俺の視界の端で、ウィンドウのコメントが再び賑わい始めていることに気づいた。


《おお……新人、やるではないか!》

《英雄、美少女を救う。王道だな!》

《ヴァレリア様、あの方は剣技だけでなく、人柄も素晴らしいですな!》

《ええ、ええ!アルテミラ様もきっとお喜びでしょう!》


 どうやら視聴者の皆さんは、この展開にご満悦のようだ。特に、アルテミラさんという視聴者が喜んでくれているらしいのが、なぜか少し嬉しかった。


《ところでユウキさん。その方に、なぜ一人で森の奥にいたのか、聞いてみてはくださらない?》


 アルテミラさんからの、的確なコメント。確かに、それは気になっていた。


「あの、フィーナさん。失礼ですが、どうしてこんな森の奥に一人で?」


 俺が尋ねると、フィーナはハッとしたように顔を上げ、悲しそうに眉を寄せた。


「わたくし……『月光草』を探しておりましたの。母の病を治すには、どうしてもあの薬草が必要で……。でも、この辺りの月光草はなぜか元気がなくて、もっと生命力の強いものを探しているうちに、狼たちに……」


 その言葉に、俺は目を見開いた。なんてことだ。俺が視聴者のリクエストで探しに来た薬草を、彼女もまた、命がけで探していたなんて。


「そうだったんですか……。実は俺も、その月光草を探しに来たところなんです」

「えっ、本当ですか!?」


 フィーナが驚きの声を上げる。

 俺は彼女を安心させるように、にっこりと笑いかけた。


「ええ。俺のスキルは、こういう物を探すのが得意でしてね。……お任せください。必ず、最高の月光草を見つけてみせますよ」


 俺は【鑑定眼・極】を再び集中させる。

 森に満ちる生命の流れを、より深く、より広範囲に読み解いていく。パーティーにいた頃は、こんなに集中してスキルを使ったことはなかった。鑑定に時間がかかると、アレスたちが舌打ちをするからだ。

 だが今は違う。俺の力を信じ、待ってくれている人がいる。


(……あった。この森で、一番強く輝いている生命力……!)


「こっちです、フィーナさん。行きましょう」


 俺はフィーナの手を優しく引き、森のさらに奥へと導いた。

 数分ほど歩くと、木々に囲まれた小さな泉のほとりに、一際強く、そして幻想的な青白い光を放つ一株の植物が生えていた。


「まあ……! なんて美しい……!」


 フィーナが感嘆の声を漏らす。

 そこにあったのは、まさしく完璧な状態の『月光草』だった。月の光を凝縮したかのような、清らかで力強い生命力に満ちている。


《おおおお!見つけたぞ!》

《なんと美しい薬草だ……!》

《これも全て、ユウキ殿のスキルのおかげ……!》

《アルテミラ様、やりましたな!》


 ウィンドウの向こうも、大興奮だ。

 俺はその月光草を丁寧に採取し、根についた土をそっと払うと、フィーナに差し出した。


「どうぞ。これなら、きっとお母様の病も良くなります」

「……! あ、ありがとうございます……! このご恩は、一生忘れません……!」


 フィーナは月光草を両手で大切そうに受け取ると、深々と頭を下げた。その目には、大粒の涙が浮かんでいる。


(ああ……よかった)


 誰かのために、自分の力が役立った。

 追放されて以来、初めて感じる、心からの達成感だった。

 それは、Sランクパーティーで高難度ダンジョンを攻略した時よりも、ずっとずっと温かくて、誇らしい気持ちにさせてくれた。

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