追放されたSランク支援術師の俺、辺境で気ままに魔物討伐をライブ配信したら、伝説の神々や魔王までが俺の熱狂的ファンになった件

境界セン

第1話

「もうお前は用済みだ、ユウキ」


 パーティーリーダーであるアレスの言葉が、氷の刃のように俺の胸に突き刺さった。

 ここは王都の冒険者ギルド、その一室。ついさっきまで、高難度ダンジョン『深淵の迷宮』の踏破報酬を換金し、仲間たちと祝杯をあげるはずだった。なのに、どうしてこんなことに。


「……なんでだよ、アレス! 俺は今まで、パーティーのために……!」


 俺、ユウキが所属していたSランクパーティー『暁の剣』。タンク、アタッカー、ヒーラー、そして支援術師である俺。鉄壁の布陣で、数々の功績をあげてきたはずだ。特に今回のダンジョン攻略では、俺のスキル【鑑定眼・極】がなければ、幾度となく全滅していただろう。罠の看破、ボスの隠された弱点の特定、ドロップアイテムの真贋鑑定……。


「うるさい! お前の【鑑定眼】なんて地味なスキル、Sランクには不要なんだよ!」


 アレスが、テーブルを拳で叩きつけて怒鳴る。彼の隣では、魔法使いの女、セシルが意地の悪い笑みを浮かべていた。


「そうよ、ユウキ。あなたの鑑定って、時間がかかってイライラするのよね。もっとこう、派手で、一撃で敵を倒せるような……そんな仲間が欲しいの」

「そうだぜ。俺たちの足を引っ張ってばかりだったからな、お前は」


 タンクのゴードンも、ヒーラーのミリアも、冷たい視線を向けてくる。

 嘘だろ……。俺が罠を見つけなければ、ゴードンは串刺しになっていた。ボスの弱点を伝えなければ、アレスの剣は届かなかった。セシルの高位魔法だって、俺が敵の魔法耐性を見抜いてアドバイスしたからこそ、あれだけの威力が出たんだ。


「お前たちの手柄は、全部俺が……」

「まだ言うか! 見苦しいぞ!」


.アレスが俺の胸を突き飛ばす。よろめき、床に手をついた俺を見下ろして、彼は勝ち誇ったように言った。


「安心しろ。お前の代わりはもう見つけてある。古代魔法の使い手だ。お前のような地味なスキルとは、わけが違う」

「……っ」


 もう、どんな言葉も届かないのだと悟った。彼らは、俺の貢献を認める気など最初からない。ただ、自分たちの手柄をより大きく見せるための、都合のいい生贄が欲しかっただけだ。


「これが手切れ金だ。二度と俺たちの前に姿を現すな」


 テーブルの上に、銀貨が数枚、投げ捨てられる。パーティーの稼ぎからすれば、鼻紙にもならないような金額だ。

 俺は何も言わず、その銀貨をポケットに押し込むと、震える足で立ち上がった。仲間だったはずの連中に背を向け、ギルドの部屋を出る。


(居場所なんて、どこにもなかったんだ……)


 絶望と虚しさに打ちひしがれながら、俺は当てもなく王都を彷徨った。そして、数日後。俺は全てのしがらみを捨てるように、誰も知らないような辺境の村へと辿り着いていた。


 *


 辺境の村『アズール』。王都の喧騒が嘘のような、静かで、穏やかな場所だ。俺はギルドで得たなけなしの金で小さな家を借り、一人で暮らし始めた。

 冒険者としてのプライドは、とっくの昔にへし折られている。もう二度と、誰かのために戦うものか。そう心に誓った。


 そんなある日、家の屋根裏を掃除していると、古びた木箱を見つけた。中に入っていたのは、黒水晶のような球体が埋め込まれた、奇妙な腕輪だった。


「なんだ、これ……?」


 何気なく腕にはめてみると、黒水晶が淡い光を放ち、俺の目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。


《異界通信機、起動。チャンネル未設定。配信を開始しますか?》


「……配信?」


 意味が分からなかった。だが、そのウィンドウには『視聴者数:0』『コメント:なし』といった表示が見える。どうやら、この魔道具は、俺が見ている光景をどこか別の場所へ中継する機能を持っているらしい。


(誰かが見てくれるのか……? こんな、何もない辺境の暮らしを?)


 馬鹿馬鹿しいと思った。だが、同時に、ほんの少しだけ心が動いた。

 追放されてからずっと、俺は一人だった。誰とも話さず、誰からも必要とされない。その孤独が、鉛のように心にのしかかっていた。


(……別に、いいか。誰も見ないなら、それはそれで。ただの独り言だ)


 俺は、近くの森へ向かった。目的はない。ただ、この静かすぎる生活に、何か変化が欲しかっただけだ。森の中には、ゴブリンやスライムといった、低級の魔物がいる。


「さて……試しにやってみるか」


 俺は異界通信機を起動し、チャンネル名を『辺境スローライフ配信』と適当に設定した。そして、目の前に現れた一体のゴブリンに向かって、独り言のように呟いた。


「えー、これから、そこのゴブリンを討伐します。見ての通り、棍棒を持った一般的なゴブリンですね。こういうタイプは、大振りの一撃を誘って、懐に飛び込むのが定石です」


.『視聴者数:1』


 ふと、ウィンドウの数字が『0』から『1』に変わっていることに気づいた。


(え? 誰か見てるのか……?)


 驚きはしたが、どうせ偶然だろう。すぐにいなくなるはずだ。俺は気を取り直して、ゴブリンとの間合いを詰める。


「ゴブリンの棍棒は、見た目以上にリーチが短い。だから、この距離ならまだ大丈夫。ほら、来た」


 ゴブリンが雄叫びをあげて棍棒を振りかぶる。俺はその動きを冷静に見極め、最小限の動きで回避。がら空きになった胴体に、腰に差していたショートソードを滑り込ませた。


「急所は外した。こうすることで、素材を傷つけずに仕留められる。こいつの毛皮は、なめして加工すれば子供用の防寒具くらいにはなるからな」


 手際良くゴブリンを仕留め、アイテムバッグに収納する。すると、目の前のウィンドウに、初めてのコメントが流れた。


《ほう……この新人、なかなか面白い立ち回りをするではないか》


「……え?」


 思わず声が漏れた。コメントの主は、どこかの誰か。俺の、たった一人の視聴者。

 その瞬間、俺の心に、凍てついていた何かが、ほんの少しだけ溶けていくような感覚があった。


 この時の俺は、まだ知らない。

 このたった一人の視聴者が、神界で退屈を持て余していた『戦いの女神』その人であり、この孤独な配信が、やがて神々と魔王を巻き込む、とんでもない伝説の始まりになるということを。

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