第14話 講和

 軍監である西郷重員さいごうしげかずの前に傷だらけで帰ってきた宇津木泰繫うつきやすしげは、特段の弁明もできずに、その場にて鎧を脱いで脇差を引き抜いた。


 「宇津木様!おやめください」


 「邪魔だてするんじゃない!ここで腹を切らねば、わしの面子がない」


 近くにいた家臣たちが慌てて止めに入るも、泰繫が味わった屈辱をどうしようもないものであった。


 自らのケジメを着けようとしていた泰繫の脇差を西郷は、グッと握って止めた。


 「何をなされまする!」


 「貴様が腹を切るのは、今ではないであろう」


 「しかし、あれほどの口を叩いておいて、この結果でありまする」


 「たかが賊との小競り合いにて、お主が腹を切る必要はないであろう。もし、切るとするならば戦後で決めればよいであろうに」


 西郷の説得により、崩れるように脇差を地面に置きながら悔しがる泰繫に、他の家臣たちも暗い顔をしていた。


 明らかに士気を落とし切った討伐隊は、これ以上の戦闘が出来ないと判断した。

 

 直ちに木俣守勝の詰める地頭山に向かうことが最優先に陣を払う準備をしていた。


 「西郷様!近くにある禅寺の僧侶が、賊側の使者を連れて尋ねに来ております」


 「賊側からの使者だと」


 使者が訪ねてきたことを報告してきた兵士に西郷を含めた幕営一同が視線を向ける。


 「賊ごときが我らと交渉などと生意気な!すぐに追い返せ」


 「まったくじゃ!やかましい輩ならばわしが切り捨ててくれる」


 幕営の武将たちがいきり立って喚き散らすも、西郷が手を挙げた途端に黙りって言った。


 「よろしい。わしが合うことにしよう」


 「そんな。西郷様が出る必要ないのでは」


 「いや。ここは、私が出向くべきだろう。近くにある名士屋敷にてお話を聞こう」


 西郷がそう伝えると、報告に来た兵士に応じるように命じて伝えるように言った。


 待っていた塩野清助しおのきよすけと集落の近くにある禅寺僧侶は、陣地の外縁において返事を待っていた。


 「こちら側のより、返答のものが出向いてくる。近くにある名士の屋敷を借りる故、しばしそちらにて待つようにとのことである」


 「わかりました。お待ちいたしましょう」


 塩野と禅僧がその場にて一礼した後に集落へと戻っていった。


 「この交渉がうまくいけばよいのだが、うまくいかなかった時にはどうするのかね?」


 「何とも言えませんが、和尚が同行してくれるのであれば、何とかなると思います」


 「だとよいのだが。もし、交渉がうまくいかなかったら、村の者たちが抜け道を教える故に動ける者のみでもよいから、逃げるとよい」


 「助かります」


 禅僧の申し出をありがたく受け入れると、集落に待っていた渡辺勘兵わたなべかんべい達と合流した。


 「敵方より、交渉の場に出てくると言質を取りました。近くの名士屋敷にて話を着ける予定です」

 

 「ご苦労様でした」


 「いえ。これからが大事なところでございますれば」


 「そうですな」


 出迎えた勘兵に塩野が結果を軽く話すと、勘兵が後ろにいる兵士から、状態のいい日本刀を一振り持ち上げて塩野に渡した。


 「護身用だ。お前さんなら扱えるだろう」


 「ありがたく受け取るよ。それと、こちらの和尚より、うれしい申し出を受けているんだ。岡野にそれを教えてやっておくれ」

 

 「承知した。では、和尚」


 勘兵が、禅僧とともに岡野庄太郎おかのしょうたろうの下に向かい、抜け道のことを教えてもらうと、話し合いの場である名士の屋敷へと向かった。


 待っていた名士に一礼した後、二人の和尚が中にはいっていく。


 和尚達を待っていたのは、西郷と泰繁であった。


 「お待ちしておりました。どうぞお座りください」


 西郷の穏やかな促し対してぶっきら棒な顔で見る泰繁の二人に出迎えられると、二人も対面に座る。


 「拙者は、軍監の西郷重員でございまする。こちらは、この当たりを所領に持っていられる宇津木泰繁殿である」


 泰繁は、西郷の紹介を受けて頭を下げるも、表情は、険しいままである。


 「お初にお目にかかります。拙者が今回の交渉を務める塩野清助と申しまする」


 塩野がそのように頭を垂れると、禅僧も両者の真ん中に座って一礼する。


 「今回の交渉に応じて頂き、誠感謝しております」

 

 「我が方としても、そちら側の勇姿に感服しましてな。足軽程度な者たちで我ら井伊家の兵共を相手に互角な戦いを見せてくれたのだからね」


 西郷が大いに盛り上げるも、鬼の様な形相をしていながら睨みつけていた。


 「いえいえ。百姓なりの戦い方を下だけでございます。正面からやりやっていたら、全滅してしまっていたと思います」


 塩野が煽るような口調で西郷らの勇敢さを称していた。


 「まぁ、そんな状態ですから、これ以上の戦は避けたいと思っているんですよ。ですので、わが方からの条件をのんでいただけるのであれば、降伏いたしまする」


 塩野がそう言うと、西郷が睨見つけるように向くも、少しした後にほぐれた顔になる。


 「一体どのような条件でしょうか?」


 「こちらに記させてもらいました。ご参照ください」


 西郷の前に出された手紙を受け取ると、封を切って中を確認した。


 "当方の降伏条件


 一つ。当地域の年貢を見直していただき、不当な年貢徴収をやめていただく。


 二つ。伊吹にある石取村の者たちへの過剰な人夫の要請をやめてもらうこと。


 三つ。石取村より中心に赴いた者の釈放


 かの条件を承認していただければ、投降を承認する。"


 「・・・・この条件について、当方にて確認をしなければならないものが幾つかある。すまないが翌日まで、待っていただけるか?」


 「よろしいですよ。当方としては、条件が飲んでもらえるのであれば十分であります」


 塩野がそう言って離席すると、苛立ち顔のままであった泰繁がバン!と床を叩いた。


 「何故に賊如きにここまでの条件を提示されねばならんのか!」


 「落ち着かれよ泰繁殿。今回は、こちらの負けなのだ」


 西郷が泰繁の肩を叩いて慰めるも、納得のいかなかった泰繁の顔からは、悔しさが拭えなかった。

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