第8話 いない

配信準備をしながら、ふと玄関の方に視線を向ける。

 いつもなら、そのうち「来たぞ」なんて声が聞こえてくる時間。

 でも今日は——静かだ。


「……ま、たまには一人も悪くないか」

 誰に言うでもなく呟く。

 マイクを調整して、いつものオープニングを始める。


「はいどうもーRENです! 今日はゆったりやっていきます」

 ゲームを始めると、コメント欄がすぐに賑やかになった。


《彼氏説の人は?w》

《今日は一人?》

《物足りないぞw》


「……今日は一人です!」

 笑って返したはずなのに、言葉が出た瞬間、胸の奥が少しだけ空っぽになる。


 そのまま予定通り配信を進め、平和に終わった。

 終了ボタンを押して椅子から立ち上がると、机の横に小さなコンビニ袋が置いてあるのに気づく。


「……え?」

 中には、アイスコーヒーと俺の好きな甘い菓子パン。

 そして、何も書かれていないレシート。


 見覚えがある。颯真がよく買ってくる組み合わせだ。


「……いたなら顔出せよ」

 誰もいない部屋で、小さく呟いた。

 返事はなく、窓の外から夜風が入り込んでくるだけだった。

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