カメラの外で抱きしめて

かれは

一章

第1話 再会と再会

 土曜の昼下がり。人通りの少ない商店街の奥に、小さなカフェがある。

 撮影も配信もない今日は、俺——結城 蓮は、珍しく完全オフだった。

 帽子を深くかぶり、マスクで顔を隠す。地元に戻ってきてまでファンに声をかけられるのは面倒だ。


 アイスコーヒーを受け取り、窓際の席に腰を下ろす。ふぅ、と息を吐いた瞬間——視界の端で、見覚えのある背の高い影が止まった。


「……蓮?」


 その声を聞いた瞬間、心臓が一瞬だけ跳ねた。

 顔を上げると、そこに立っていたのは——高瀬 颯真。中学、高校とずっと隣にいた、幼なじみ。


「え、颯真……? 久しぶり」

「おう。……変わったな」


 見上げるほどの長身。昔と同じ黒髪だけど、雰囲気は落ち着いていて、無駄なものが削ぎ落とされたような印象だった。

 俺は笑顔を作る。配信で何百回もやってきた、完璧な“作り笑顔”を。


「まぁ、大人になったってことかな」

「……そうか」


 短い返事の後、颯真の視線が数秒だけ俺の顔を探るように動く。

 やめろ、その目は——昔から嘘を見抜くときのやつだ。


「お前、目が笑ってない」


 あまりにも自然に言われて、思わず息を止めた。

 コーヒーの氷がカランと音を立てる。


「……なんだよ、それ」

「別に。ただ……また話そうぜ」


 そう言って、颯真は店を出て行った。

 背中を見送りながら、俺はカップを握る手に力が入っているのを自覚する。


 ——やっぱり、颯真には勝てない。




 昼休み。事務所の片隅で、カップ麺をすすっていた。

 映像制作の現場は、基本的に慌ただしい。休憩時間も短く、各々がスマホをいじったり、ぼんやり天井を見たりして過ごす。


「颯真さん、これ見てくださいよ!」


 唐突に画面を突き出してきたのは、後輩の田島だ。

 俺は眉をひそめる。「仕事の話じゃないなら興味ない」

「いやいや、絶対見たほうがいいって。今人気爆上がり中の配信者ですよ、“REN”っていう」


 聞き覚えのない名前。

 だが、再生ボタンを押された画面の中に——見覚えのある顔が現れた。


 明るい茶髪、軽やかな笑顔。

 コメント欄は「RENくん今日もイケメン!」「その笑顔反則!」と賑やかだ。

 REN——いや、蓮はゲームをしながら軽口を叩き、ファンのコメントを拾って笑っている。


「すげーっすよね。天性の人たらしって感じで」

「……ああ」


 返事をしながらも、俺は画面から目を離さない。

 笑顔の奥。ふと視線を落とした瞬間、蓮の表情から色が消える。

 ほんの一秒足らず、作り物の明るさが剥がれ落ちた。


「やっぱRENくん陽キャなんすよ。オーラありますもん」

「……あいつが?」


 田島が首を傾げる。「え、知ってるんすか?」

「まぁな」


 そう言ってスマホを押し返す。

 昼休みが終わっても、俺の頭にはあの一瞬の顔が焼きついて離れなかった。


 ——何を隠してんだよ、蓮。

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