雪の中に残る熱
翌日、目覚めると外は一面の白だった。
窓を開けると、冷たい空気と一緒に、かすかな雪の匂いが部屋に入り込む。
昨夜、ちらついていた雪は、そのまま静かに積もったらしい。
屋根や街路樹の上に、ふわりと均等に敷かれた白が、世界をやわらかくしていた。
スマホを手に取り、何気なくSNSを開く。
紗英の更新はなかった。
その代わり、昨日のメッセージ画面を無意識に開いてしまう。
見慣れた一文と、その上に残るやり取り。
――次は、もっとゆっくり会おう。
ほんの一言なのに、読み返すたびに胸の奥が熱くなる。
午前を過ぎた頃、雪は一層静かに降り続けていた。
休日らしく家にこもって過ごそうと思っていたのに、
窓の外の景色を見ているうちに、なぜか紗英の顔が浮かんでくる。
――この雪、あの人も見ているだろうか。
そんなことを考えてしまったら、じっとしていられなくなった。
迷った末に、スマホを手に取り短くメッセージを打つ。
『今、雪すごいね。出てこれそう?』
送信してすぐ既読がつく。
少しの間があってから返ってきたのは、
『はい。会いたいです』
という、迷いのない言葉だった。
待ち合わせ場所は、昨日と同じ駅前のカフェ。
白い息を吐きながら向かう道すがら、雪を踏む足音がやけに響く。
店の前で立ち止まると、ちょうど向こうから紗英がやってきた。
マフラーに顔を半分埋め、雪の結晶を髪に乗せたままの彼女は、
昨日よりもずっと柔らかい表情をしていた。
「寒くなかった?」
「……少し。でも、来てよかったです」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温まる。
カフェに入り、窓際の席に座ると、
雪景色がガラス越しに広がっていた。
温かい飲み物を手にしながら、自然に笑みがこぼれる。
「昨日も今日も……なんだか、不思議ですね」
「うん。急に会いたくなるなんて、自分でも思わなかった」
紗英は視線を落としながら、ペンダントにそっと触れる。
その仕草を見ているだけで、昨日贈ったあの瞬間が鮮やかに蘇る。
――雪の日の再会は、思っていた以上に、距離を縮めてしまう。
カフェを出る頃には、雪は少しずつ粒を大きくしていた。
吐く息も白く濃くなり、足元では新しい雪が音もなく積もっていく。
「……このまま帰ると、また寒い思いしそうですね」
「確かに。もう少し、暖かいところにいたい」
そう口にした瞬間、紗英が小さく首を傾げた。
「莉音さんの家……ダメですか?」
意外な提案に一瞬言葉を失う。
けれど、昨日の余韻も、今の雪景色も、その背中を押す。
「ダメじゃないよ。……行こうか」
玄関を開けると、外の冷たい空気が一気に切り替わる。
ヒーターの温もりがふわりと頬を包み、
雪の中から連れてきた紗英の体温が、ドア越しにゆっくりと解けていくようだった。
「やっぱり……莉音さんの家、落ち着きます」
コートを脱ぎながらそう言う紗英の頬は、寒さで少し赤い。
それが何故か愛おしくて、私はそっとマフラーを受け取った。
「お茶入れるね。あったかいの」
「ありがとうございます」
キッチンから戻ると、紗英は窓際に立ち、外の雪を眺めていた。
背中越しにその姿を見ていると、昨日の夜、ペンダントを受け取ったときと同じ、
守りたくなるような静かな気配を感じる。
湯気の立つカップを手渡すと、彼女はほっとしたように笑った。
その笑みが、部屋の空気をさらに柔らかくする。
「……今日は、帰りたくないです」
小さな声だったが、はっきりと聞こえた。
外はまだ雪が降り続いている。
止む気配はない。
だからきっと――これは言い訳なんかじゃない。
「じゃあ、泊まっていきなよ」
そう言うと、紗英は一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を伏せた。
「……はい」
その返事の後、部屋の時計の針がやけに静かに進んでいく。
外の雪音が遠く、そして甘く感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます