余韻の残るその夜は
帰り道の電車は、思っていたよりも空いていた。
窓の外を流れていく街灯の光が、まるで今日の出来事を断片的に映し出してくる。
ペンダントを受け取った紗英の顔――照れたように俯く視線、ためらいがちな笑み。
そのひとつひとつが、静かに胸の奥で繰り返される。
降り立った駅は、もうすっかり夜の冷たさに支配されていた。
吐く息が白く広がり、その向こうに家路を急ぐ人影が消えていく。
早く帰ればよかったはずなのに、足が自然とゆっくりになる。
あの場面の続きを、心のどこかで探しているみたいだった。
一方その頃、紗英はマンションのドアを閉め、部屋の明かりを点けた。
暖房のスイッチを入れたものの、外気の冷たさはまだ肌に残っている。
コートを脱ぐと、自然に首元へと手が伸びた。
そこには、ガラスの小さな輝き。
指でなぞるたび、昼間の笑い声や、カフェでの温もりが蘇る。
「……似合うって、言ってくれた」
声に出すと、胸の奥がほんのり熱くなる。
その熱は、冬の夜にしては少し不釣り合いなほど心地よかった。
ベッドの縁に腰を下ろし、スマホを手に取る。
打ちかけては消したメッセージが、何度も画面に現れては消えた。
結局、「今日はありがとう」の一文だけが送信される。
既読がつくまでの数十秒が、やけに長く感じられた。
メッセージを見たとき、私は少し笑ってしまった。
たったそれだけの短い言葉なのに、
そこには彼女のためらいと、本当はもっと伝えたい気持ちが透けて見える。
「こちらこそ。次は、もっとゆっくり会おう」
そう返すと、すぐに既読がついたが、返信はなかった。
きっと今頃、ベッドの上でペンダントを指先でなぞりながら、
今日を思い返しているのだろう。
それを思うと、なんだか胸の奥がくすぐったくなる。
夜は更け、街のざわめきが完全に遠のいたころ、
窓の外では雪がちらつき始めていた。
小さな結晶が街灯に照らされ、ゆっくりと舞い落ちる。
ペンダントの光と、外の雪景色。
そのどちらも、離れていても同じものを見ているような気がして、
不思議な安心感を運んできた。
――次に会う時、この温もりはきっと、もっと強くなっている。
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