夜の帰り道
仕事を終えた頃には、外の空気が少しひんやりしていた。
紗英はいつもの制服ではなく、私が見慣れてきた私服姿に着替えている。
それだけで、仕事場で見せる大人びた顔が少しだけ和らいで見えた。
「……送ります」
「送ってくれるの?」
「今日は……なんとなく、そうしたい気分です」
並んで歩く道は静かで、街灯のオレンジ色が二人の影を長く伸ばしている。
ふと、紗英が私の手に触れた。ほんの一瞬、迷うような仕草のあと、指先が絡む。
その小さな勇気に、胸の奥が熱くなる。
「……ねえ」
「はい」
「今夜、うち来る?」
紗英はわずかに目を見開き、それから視線を落とした。
「……迷惑じゃなければ」
「迷惑なら、誘わないって」
その答えに、彼女は小さく笑った。
それは、控室で見せた照れくさい笑顔と同じだった。
玄関のドアを閉めた瞬間、外の冷たい空気が切り離され、
部屋特有の甘く落ち着いた香りに包まれた。
「……やっぱり、莉音さんの家って落ち着きます」
靴を脱ぎながら紗英がそう呟く。
「好きなとこ座って。紅茶淹れるから」
そう言ってキッチンに立つと、後ろからそっと視線を感じた。
振り返ると、紗英は迷いながらも寝室の方に歩き、ベッドの端に腰掛ける。
そして、そこに置いてあったまくらを抱きしめた。
「……それ、好きなの?」
「莉音さんの……香水の香りがするんです」
頬をすり寄せるようにして、ほんのり笑う。
その仕草に胸が熱くなり、私はベッドのそばに歩み寄った。
「じゃあ……まくらじゃなくて、私を抱きしめなよ」
耳元で囁くと、紗英の肩がぴくっと震える。
赤くなった顔をまくらにうずめたまま、小さな声で「……まだ早いです」と答えた。
「早い?」
わざと顔を近づける。
目が合った瞬間、紗英は視線を逸らせなくなって、
次の瞬間、私の胸にそっと腕を回した。
抱き合うと、さっきまでの距離が嘘みたいに消えていく。
お互いの呼吸が混ざるくらい近くなった時、自然と唇が触れた。
それは短く、でも確かに熱を帯びたキスだった。
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