理由のない偶然
ライブバーでの夜から三日。
私は妙に落ち着かなかった。
授業をサボっても、煙草をふかしても、あの時のピアノの音と、最後に見せた彼女の微笑みが頭から離れない。
——会いたい。
ただ、それだけだった。
理由なんて、考えるとややこしくなる。
朝のHR前。
教室の窓から、渡り廊下を歩く生徒会長の姿が見える。
今日は髪をひとつにまとめ、制服のリボンもきっちり結ばれている。
見慣れた姿のはずなのに、夜の顔を知ってしまったせいで、同じ人間だと思えない。
その日の放課後、私はわざと帰り支度を遅らせた。
理由は単純。
生徒会室を出てくる時間を狙った。
「お疲れさま、生徒会長」
廊下の角で声をかけると、紗英は驚いたように目を瞬かせた。
「……莉音さん。珍しいですね、この時間に学校にいるなんて」
「たまにはね」
軽く肩をすくめる。内心は心拍数が上がっている。
「このあと、帰りますか?」
「ええ」
「じゃあ駅まで一緒に行こうよ」
一瞬、彼女は困ったように眉を下げたが、やがて微笑んだ。
「……はい」
夕焼け色の校門を抜け、並んで歩く。
背の高さは私の方が少しだけ上。
そのせいで、横顔がよく見える。
「授業、今日は受けてました?」
「……まあ、ほどほどに」
「ふふ、ほどほどとは便利な言葉ですね」
からかうような笑みに、思わず笑ってしまった。
駅までの道は、いつもより短く感じた。
信号待ちの時、彼女がふと鞄から缶コーヒーを取り出した。
「どうぞ」
「え、なんで?」
「……この前のお礼です」
夜のことを思い出し、喉が少し詰まる。
「じゃ、遠慮なく」
プルタブを開け、甘い香りに包まれる。
改札前で別れ際、彼女が言った。
「また……お会いできたら、嬉しいです」
それだけで、その日は上機嫌で帰れた。
翌日から、私はさらに行動を変えた。
下校時間を合わせる。
購買で同じタイミングを狙う。
偶然を装うけれど、全部わざと。
最初は少し戸惑っていた彼女も、三度目の「偶然」には小さく笑った。
「莉音さん、計画的ですよね?」
「……バレた?」
「ええ。でも、嫌じゃないです」
それを聞いた瞬間、心の奥が熱くなる。
こんな言葉ひとつで、世界が色を変えるなんて知らなかった。
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