街の中の秘密
休日の夕方。
私は駅前のゲームセンターのソファで、暇を持て余していた。
一緒に来た友達はパチンコに消え、ひとりで煙草をふかしている。
通りを行き交う人の中に、知った顔なんて見つかるわけが——そう思っていた。
……が、見つけてしまった。
あの背筋の伸びた姿。
黒いロングワンピースにカーディガン、手には楽器ケース。
髪はいつもよりゆるく結ばれ、足取りは静かだ。
「……会長?」
思わず立ち上がり、少し距離を置いて後をつけた。
人混みの中でも彼女の存在だけはやけに鮮明で、迷うことなく視線が追える。
行き着いた先は、駅前から少し離れた落ち着いた通り。
洒落たカフェや小さなバーが並び、ネオンが灯り始めている。
彼女はとあるビルの地下へ降りていった。
看板には「Live & Dining Bar」と書かれている。
なるほど——こういうことか。
躊躇いながらも、私は階段を降りた。
ドアを開けた瞬間、薄暗い空間と低いジャズの音が耳を包み込む。
カウンター席には数人の客、奥には小さなステージ。
そこに——彼女がいた。
黒のワンピースが照明に照らされ、ピアノの前で静かに微笑んでいる。
昼間の音楽室とは違う、しっとりとした空気をまとっていた。
鍵盤に置かれた指が一度揺れ、そして音が流れ出す。
軽やかでいて深みのある旋律。
どこか懐かしく、甘い。
グラスを傾けながら聞いている客たちは、それぞれの物語に浸っているように見えた。
私は隅のテーブルに腰掛け、目を離せずにいた。
彼女が学校で見せる笑顔とは違う——ここでは大人びていて、少しだけ寂しそうだ。
そんな表情に、胸がざわつく。
一曲終わると、彼女がふと視線をこちらに向けた。
気のせいかもしれない。でも、その瞳が確かに私を捕らえた気がした。
休憩時間、彼女がカウンターに現れた。
「……驚きました」
低い声でそう言うと、私の隣の席に腰掛けた。
「悪い。なんか、気になって……」
「秘密、守っていただけますか?」
「もちろん」
即答すると、彼女の口元がほんのわずか緩む。
「ここでのこと、学校の誰にも話せません」
「わかってる。……でもさ」
「はい?」
「かっこよかった。マジで」
思ったままを口にすると、彼女は少しだけ頬を赤らめた。
「ありがとうございます」
飲み物を頼むと、バーテンダーがグラスを置く。
氷の音が心地よく響き、沈黙も苦にならない。
「なんでこんなことしてんの?」
「家族を支えるためです」
「……そう」
それ以上は聞けなかった。
彼女の瞳に、決意みたいな光があったから。
再びステージに戻る前、彼女が小さく言った。
「来てくださって……嬉しかったです」
それだけで、心臓が跳ねた。
帰り道、ネオンが滲んで見えたのは、酒のせいじゃなかった。
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