放課後の温度

 翌日の昼休み。

 教室の窓際でスマホをいじっていた私に、影が落ちた。


「……こんにちは」

 顔を上げると、紗英が立っていた。

 あの生徒会長然とした柔らかい笑顔。

 けれど、私の机の横に立ってる光景は、正直なところ、かなり場違いだ。


 クラスメイトたちの視線が一斉にこちらへ向く。

「なに、珍しいじゃん」

「えっと……昨日のお礼を、ちゃんと伝えたくて」


 そう言って、彼女は紙袋を差し出した。

 中には——コンビニのスイーツと、缶コーヒー。

 昨日、私が渡したやつと同じ銘柄だ。


「まさか仕返し?」

「そうかもしれません」

 くすっと笑う声が耳に残る。


 午後の授業が終わり、私はなんとなく校門の近くで煙草をいじっていた。

 火はつけてない。つけたら、あの人が嫌な顔をしそうだから。


「……莉音さん、帰らないんですか?」

 振り向くと、紗英がバイオリンケースを背負って立っていた。


「今日は演奏の仕事じゃないの?」

「あります。でも、まだ時間があるので……もし、よかったら」

 少し躊躇うような声。


 私は片眉を上げて、スマホをポケットにしまった。

「寄り道?」

「はい。……あの、昨日のファミレス、もう一度行きませんか?」


 二人で並んで歩く。

 昼間の街は、昨日の夜とは違って人通りも多くて明るい。

 それなのに、隣を歩く紗英の横顔がやけに近く感じるのはなぜだろう。


 ファミレスに着き、窓際の席に座る。

 注文を済ませると、彼女はバイオリンケースを横に置いて、ほっと息をついた。


「……莉音さんは、学校、楽しいですか?」

 突然の質問に、一瞬言葉が詰まる。

「楽しいってほどじゃないけど……まあ、退屈はしてない」

「退屈はしてない?」

「そう。……最近は特に」


 彼女の眉が少しだけ動く。

 その反応が面白くて、私はわざとにやっと笑った。


 デザートが運ばれてきて、彼女はパフェを嬉しそうに見つめる。

「甘いもの、好きなんだ?」

「はい。……でも、こういうお店にはあまり来られないので」


 スプーンでアイスをすくいながら、ふと私の方を見て——

「……よかったら、どうぞ」

 差し出されたスプーンに一瞬、心臓が跳ねた。


「……間接キスとか気にしないタイプ?」

「……っ!」

 紗英の耳が一瞬で赤くなった。


 からかい半分で受け取ったけれど、口に入れた瞬間、想像以上に甘くて笑ってしまった。

「……まあ、悪くないな」


 帰り道、駅の近くで別れるとき、彼女が小さく手を振った。

「今日は……楽しかったです」

 その言葉だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 きっと、これが普通の放課後の温度なんだろう。

 でも——私にとっては、十分すぎるくらい特別だった。

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