第53話 絶対的美少女

 蛇のように感情を感じさせない瞳、僅かに細められて獲物を射すくめるように睨みつける冷たい視線。目の前にいるのは、修羅場を潜り、弱者の生き血を吸い、力によって君臨する裏組織の幹部。


 そんな視線に晒され、冷や汗をかきながら息を飲み込む。


「オザワ……やってくれたな。俺はここで断れるほど、肝が据わってないんだ」


 視線を下げ、軽く肩をすくめながら両手を上げて、降参のポーズを取る。


「けど、引き受ける覚悟を決めるだけの度胸はある……さすがだぜ、兄弟」


 ソファーから乗り出すようにして右肩を前に出し、半身に構えていたオザワの目元が緩み、口の端が上がった。


「なんならあたしが言ってあげようか?」


 空気を無視して満面の笑みで割り込んできたのはサーシャ。その一言に全員の視線が彼女に集まると、とぼけたように目線を上に泳がせ……髪をかきあげて色っぽい視線をこちらに向けた。


「ならサーシャ、断ってみれば?」


 サミュエルはにこにこと笑っているが、この巨漢はケレス最大のマフィアの大幹部だ。ぶっちゃけ怖い。そしてオザワの蛇のように細められた瞳も、なかなかの威圧感だ。


 二人にじっと見据えられ、気まずそうに身を小さくするシャーシャ。


「……やっぱ無理」


 小さく言葉を吐き出し、ゆっくり首を横に振った。

 

 それを見たオザワが斜に構えた身体を真っすぐに戻し、両肘を膝の上にのせて指を組む。


「いいな、話を進めるぞ」


「ああ……」


 小さく頷き、ソファに深くもたれかかる。腕を組み、視線を落した。

  

「亡命者は、火星の貴族令嬢だ。名前は伏せておく。亡命理由は……跡目争いによる暗殺を回避するため」


「なるほど、貴族社会ではありがちな話だ」


「そんな人がなんで狙われるの? 競争相手が国外に逃げるわけでしょ? むしろ歓迎すべきだし、応援してもいいくらいじゃない。ねえ、レイ」


 ソファに浅く座り直し、両手をぺたんと置いたまま振り向くサーシャ。視線がこちらに向けられ、微かに眉が寄る。


「まあ、人間なんて、猜疑心の塊みたいなものだ。頭では分かっていても、安心できないから殺す……なんて話は、過去の歴史にいくらでもある」


 優しく諭すように答えると「感情が絡むとめんどうなのね」と口にして、軽く頷いた。


「まあ、今回はちょっとややこしくてな……」


 オザワがそう言いながら、事情の説明を始める。


 逃げるのは正当な後継者でな――女性というには少し早い、まだ子供だ。本人に爵位を継ぐ気はなく、自由を求めて国外に亡命したいらしい。しかし臣下の一部は納得していない。正当な後嗣に跡を継がせようと、少女の亡命を阻止しようとしている。


 さらに、彼女の亡命によって、後継者となる弟の派閥が動き出している。亡命だけでは安心できず、むしろこの機会に消そうと画策しているらしいのだ。質の悪いことに、家督を継ぐ弟はまだ幼く、何が起きているのか理解できていない。


「面倒に見えるが、やることはシンプルだ。要するに、その少女を協商連合の勢力圏まで連れて行き、政府関係者に引き渡せばいい。そういう事だろ?」


「まあな……」


 オザワが苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。


「さすがは新鋭艦のキャプテンだ、実に頼もしい。報酬だが、護送に五〇〇万クレジット。戦闘発生一回に付き、一〇〇〇万のインセンティブだ」


 オザワの横に座るサミュエルが、笑みを消して真面目な顔になる。手を軽く動かすと、書類が一枚、ホロパネルに浮かび上がった。マフィアからの正式な依頼書だ。依頼主は三納一家ではなく、マッケル・ザハヴになっていた。


 「インセンティブが安くないか? 迎撃ミサイル五発分だぞ?」


 ホロパネルの戦闘インセンティブの部分を指さしながら、サミュエルに言う。


「傭兵への依頼だぞ、そんな高価なミサイルを使うなんて考えるはずが無かろう。そもそも、軍以外に誰がそんなものを積んでるんだ?」


 両手を広げて肩をすくめ、交渉の余地はないと伝えるサミュエル。


「わかった。可愛い少女の未来のためだ、一肌脱ごう……」


 どちらにしても断るという選択肢がない以上、この交渉は最初から負けだ。必要以上に食い下がったところで、何か旨味があるとも思えなかった。


 自然と眉間に皺が寄る、やるしかないか……そう覚悟を決めたところで、突然サーシャが大きな声を上げた。


「うわっ! かわいい!」


がばっと席から立ちあがり、入口に向けて駆けて行く。


 目で追った先には、身長一三〇センチほど、十代前半とおぼしき少女が顔を引きつらせて立っていた。その後ろには、一八〇センチはありそうな大柄の女性。腰まで届く茶色がかったブルネットの髪を、後ろで一本に束ねている。

 

「な、なんじゃお主は! わわっ」


 可愛らしい声で叫んだかと思うと、サーシャの巨乳に抱き込まれ、手をバタバタとして抵抗していた。


「てめぇっ! 離しやがれ、この牛おんな!」


 大柄の女がサーシャの額に右手を当て、左手で少女の腕を掴んで引き離そうとしている。


「あれが?」


 入口の喧騒を親指で指し、オザワに視線を向ける。


「ああ」


 オザワがバツの悪そうな顔をして頷いた。


「マース帝国アイゼンブラウ侯爵家の御令嬢、リシュアーナ・フォン・アイゼンブラウ嬢だ。あのアマゾネスはヒルダ・ベルリダム。元帝国騎士、いまは逃がし屋をやってる」


 サミュエルがさらりと説明を加え、ニヤリと笑みを浮かべる。


「いい女だろ? あの元騎士」


 大きな体を屈めるようにして身を乗り出し、小さな声で囁いた。


「サミュエル。あんた、女のことばっかだな」


「あたりまえだ。いい女を抱く、それが生きがいだからな。そのためには地位と金が必要だ。女を落すために……邪魔者を殺しまくって今の地位を得た。悪いか?」


 ちゃめっけたっぷりに片目をつむって微笑むと、ソファの背もたれに体重を預け、ゆったりともたれかかる。さらっと恐ろしいセリフを言った気がするが……きっと気のせいだ、うん。


 そして、そんなサミュエルのの視線の先には……パンツスーツに包まれたはち切れそうなサーシャのヒップ。

 

「……サーシャはやらんぞ」


 睨みつけるようにサミュエルに視線を向け、声を少し低くする。


「安心しろ、人の女を獲るような趣味はない。この業界でそんなことやってりゃ、恨まれて殺されるだけだ。ただし、彼女がお前に愛想をつかしたそのときには……」


「それはない。俺は、他の女なんてどうでもいいんだ。サーシャにとって最高でありさえすればそれでいい。二兎も三兎も追いかけるお前とは違う」


「なるほど……それもまた、男の在り方ではあるな」


 そう言うと、右手を差し出してきた。視線はそらさずまっすぐサミュエルを睨みつけたまま……一拍置いてその手を握る。


「お前とはうまくやれそうだ、ブラザー」


 顔の大きさ程もある大きな掌で肩を叩かれると、凄まじい破裂音が室内に響いた。


「まて、俺はカタギだぞ。オザワといい、お前といい……勝手にファミリーに引き込まないでくれ」


「俺の一撃にビクともしない強化人間にカタギだなんだといわれても、まったく説得力が無いな」


 笑みをさらに深めて握る手に力を込めてくる。かなりの握力だ。


「ねえねえ! レイ! この子すんごい可愛いの! しかもほら、のじゃ姫!」


 そこへサーシャの声が飛び込んでくる。俺は握っていたサミュエルの手を振り払い、急いで歩み寄る。あのままでは、少女がサーシャの胸に挟まれて窒息しかねない。


「なんじゃその、のじゃ姫とは。やめよ、お主、儂を窒息させる気かー! あぶっ」


 小さな手がバタバタと宙を掻き、必死にもがく少女。


「おいっ! そこのお前! この駄牛の飼い主か、どうにかしろバカモノ!」


 怒鳴り声に促されるように歩みを早め、肩に手を置いて強引にサーシャを引き剥がす。


「サーシャ、落ち着け。その少女は俺たちがエスコートする侯爵令嬢だ」


「えっ、うそっ!」サーシャが慌てて顔を上げ、頬を真っ赤にして身を乗り出す。


「えっとね、あたし達の船にはとっても広くて快適なお風呂が付いてるの。お姉さんがしっかり使い方を教えてあげるからね、一緒に入りましょう! ねっ! ねっ!」


 少女が後ずさるのと同時に、サーシャが両手を伸ばして再び迫ろうとする。


「いい加減にしろ……」


 小さく舌打ちして、後ろ襟を掴んでサーシャを後方に引きはなす。


「ぐえっ! な、何すんのよ、レイの分際で!」


 頬を膨らませるサーシャに、ため息がこぼれた。何でお前はこう、残念なんだ……

 

「リシュアーナ嬢。私があなたを協商連合までエスコートする船、ムラサメのキャプテン、レイ・アサイです」


 片膝をついて跪き、手を地につけて頭を下げる……多分、こんなんじゃなかったっけ、貴族に対する礼って。


「た、助かった。リシュアーナ・アイゼンブラウじゃ。リシュアと呼ぶが良い、そちの国では貴族などおらんのじゃろ? 皆が平民だと聞いた、我もそれに倣おう」


 鈴が鳴るような可愛い声で挨拶をすると、そっと俺の頭に手を載せた。


「ヒルダ・ベルリダムだ。あたしの事はサミュエルの旦那から聞いてんだろ? 護衛兼逃がし屋、どっちにしても裏の人間だ。よろしく頼む」


「ああ、こちらこそよろしく」


 立ち上がって軽く頭を下げる。サーシャと同じくらいの身長、女性にしてはかなり高い。それにこの身体、胸は控えめだが筋肉質でかなり鍛え抜かれているのがわかる。あれだな、いわゆるマッチョ美人だ。


 横でサーシャがじっとこちらを見ている。その視線を無視してヒルダに向き直った、その瞬間――

 

 突然、後ろから膝の裏を蹴られてガクンと膝が折れる。

 

「なに良い雰囲気になってんのさ……」


 振り向くと、不貞腐れたような顔をしたサーシャが立っていた。


「こら! サーシャ。挨拶しただけじゃないか」


 サーシャの頭に手を置き、サラサラとした金髪を指先で梳くように撫でながら、リシュアとヒルダへと視線を向け直して微笑む。


「うちのクルー、そしてフィアンセのサーシャだ」


「クラフトン商会代表のサーシャ。こいつが好きだっていうから、貰ってやることにしたのよ」


 二人の視線が訝しげにサーシャへ向かう。その前で、頭を撫でていた手をそのまま肩に回し、軽く抱き寄せて言葉を添える。


「まあ、こんな感じだけど、悪い娘じゃない。ただ、ちょっと感情の出し方が極端すぎるだけで……ね?」


「なにが『……ね?』よ! それじゃまるで、あたしが問題児みたいじゃない!」


 ぽかぽかと胸を叩かれ、仕方なく肩をすくめて笑う。


 リシュアとヒルダは顔を見合わせ、ため息まじりに同情するような視線を俺に向けた。

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宇宙世紀に転生した元おっさんは、幸せな家庭を築きたい 隣のゴロー @hiseiki

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