第43話 宇宙世紀のヤクザ
ムラサメのブリッジ中央、天井から吊るされたように浮かぶ巨大なメインパネル。その右上に小さな通信ウィンドウが開き、赤いランプが点滅しながら ”ALERT” の文字が浮かび上がった。
同時に、キャプテンシート正面にもサブパネルが浮き上がる。
「キャプテン、緊急通報です。近傍で海賊による襲撃、救援要請が発信されています」
クラフトン商会での用事を終え、再びメインベルトへ戻ったムラサメ。自由都市――準惑星ケレスのコロニーへと向かう航路上にあった。
「ザルチュン王国……土星の船か。助ける義理はないな」
厳密に言うと、宇宙海賊という組織は存在しない。実態はケレスを牛耳るマフィアの戦闘部隊。傍目にはただの賊にしか見えず、誰もが便宜的にそう呼んでいるだけのこと。つまり、下手に首を突っ込むと、そのマフィアから恨みを買うと言う事だ。
自国船であれば救援に向かう大義も立つ。だが、他国の、しかも無関係の船が襲われているところへ首を突っ込めば、間違いなく面倒なことになる。
「なに、見捨てるわけ?」
サーシャが不満そうな顔をして振り向いた。
「マフィアと喧嘩するつもりはないぞ。しかも、こっちはその”マフィアの本拠地”で商売をしようとしているんだ」
「そう言えばそうだけど……」
サーシャは、しぶしぶと言った表情で正面に向き直る。
メインパネルの下に球形の俯瞰パネルが立ち上がり、各種索敵装置からの情報を元に戦況がリアルタイムで描き出される。表示されていたのは、小型戦闘艇同士の交戦。物資を狙った略奪ではない――どう見ても何かの揉め事だ。
「しかし宇宙海賊も容赦ないな、一方的じゃないか」
数は海賊の方が多い。降伏すら許さないのか、逃げる船を追いかけて一方的ななぶり殺しだ。
「キャプテン。殺し合いに手加減などありませんよ」
その通りだ。絶望の中にわずかでも生き残る道があるなら、人はどんな汚い手でも使う。下手に手加減などして、返り討ちにあうなど間抜けもいい所だ。
「いちおうモニターしておいて。戦闘が終わった後、救難信号が出たら助けてやる。それくらいならいいだろう」
「……今回のケースでは、それも推奨できませんが」
天井から落ちてくるハルの声は、いつも通り正論だ。
「まあ、そう言うな。情けは人のためならず、ってな」
「なにそれ?」
すかさずサーシャが反応する。
「人にかけた情けは、巡り巡って自分に返ってくる――そういう意味だ」
「へえ、いい言葉ね」
そう言ってサーシャがこちらを振り向き、笑みを浮かべる。
「かつてJPNで用いられていた知恵の集積――“ことわざ”と呼ばれるものです」
「そうだ」
「そうか、レイはそっち系だもんね。両親から?」
おっと、そう来たか。出自をばらすわけにはいかない。
「いや、俺に親はいない。施設で育ったからね。そこで教わったんだ」
取り敢えず嘘ではないが、それを聞いたサーシャの表情が一瞬曇る。
「あ、ごめん……悪いこと聞いたね」
「いや、気にしてない。それどころか、おかげでこんな船に乗ってサーシャとも出会えた。むしろ、感謝してるくらいさ」
そう言うと、彼女は頬を指先でかきながら、こちらをちらりと見上げてきた。
「あんたさ、さらっとのろけるよね。そんなこと言われたら嬉しくなるじゃん。まさか、天然の女殺し? 女の敵?」
「サーシャの意見に同意します。この男は、一見すると相手に主導権を渡しているようで、実際には自分の流れに引き込んでいる。年齢不相応な熟達ぶりです……天性の女たらしかもしれません」
ハルが言うと、サーシャの表情が急に真面目になる。まるで子供を叱る母親みたいだ。
「駄目だからね」
「なにが?」
輸送員席に座ったまま振り向くサーシャ。腕を組み、眉をひそめてこっちを見ている。
「あたしがいないところで、他の女性と二人きりになるのは禁止。どうしてものときは、事前に申請して許可をとること……わかった?」
「なんだよ、意外と束縛するんだな」
肩をすくめると、サーシャは口を尖らせ、細めた目でじっとこっちを睨みつける。
「なに、悪い?」
「いや、嬉しい」
「もうっ! そういうところよ、バカっ!」
顔を真っ赤にしてシートを叩くと、ぷいっと視線を正面に向けた。
「キャプテン。お取込み中に申し訳ないのですが、戦闘が終了したようです」
ハルの優しい声が、ちょうど良いタイミングで降って来た。
「ザルチュン籍の中型戦闘艦が介入、逆転したようです。宇宙海賊が全滅しました」
「あらま、あいつら運が良かったね」
「はい。あと、救難信号が出ています。恐らく、撃破されたマフィアの生き残りだと思われますが……見捨てるべきだと進言いたします」
マフィアの戦闘艇乗りか……間違いなく構成員、あるいはソッチ系の傭兵だ。さて、傷ついたヤクザを助けるかどうか……
「いや、助けよう。救助に向かってくれ」
やはり見捨てられない。お人好しかもしれないが、戦う力を失って助けを求めている人間を放置するのは、後味が悪すぎる。最悪、ゲストルームに軟禁すればどうにかなる。
視線をサーシャに送ると、彼女もこちらを見て大きく頷いた。
「キャプテン。武器の携行はもちろんですが、ボディアーマーを着用してください。サーシャもです」
「もちろんだ。十分に警戒はする。相手はマフィアの戦闘員だからな」
ハルも理解したのか、救助に向けて準備を始めた。
「脱出ポッド現在位置確認、マークします。目標まで一〇分」
「了解、受け入れの準備をしてくる。サーシャは武装して待機。ブリッジ・フロアから出ないように。ハル、船は任せた」
キャプテンシートから立ち上がり、メディカルルームでストレッチャーを用意。ゲストルームの施錠設定を確認し、武装を整える。
「キャプテン、目標地点に到達。作業ポッド、一番、二番射出」
カーゴスペースの搬入管制室に入り、ホロパネルで回収作業を確認する。切り離された球形の脱出カプセルが、宇宙を漂っていた。作業ポッドが慎重に動きを同調させ、突起を掴んで前後から挟むようにして回収する。
「脱出ポッド回収完了。ハッチ閉鎖……与圧開始」
「ハル。相手が武器を持っているかどうか、わかるか?」
「はい。船内格納時にX線CTスキャンを行った結果、武器に類するものは発見できませんでした」
拳銃を右脚のホルスターに、小銃はハーネスで体に固定する。無酸素、無重力下での白兵戦を想定したボディーアーマーを着込んで待機した。
「与圧完了。キャプテン、お気をつけて」
「了解した」
小銃のエネルギーパックを確認し、セーフティを外して”レ”と書かれた連射モードにダイヤルを合わせる。拳銃は実体弾を撃ち出すタイプを選んできた。弾倉には十二発、予備弾倉を四本。スライドを引いて初弾を送り込み、セーフティを解除する。
カーゴスペースには、鹵獲したコルベットや砲塔の本体、各種パーツが整然と並んでいた。通路を抜け、メディカルストレッチャーを押しながら脱出ポッドへ向かう。
ポッドは全体を金属装甲に覆われ、窓は極端に小さい。コックピットの一部が装甲カプセルとなって、切り離せる構造になっていたらしい。いかにも緊急脱出専用といった、簡素で頑丈な作りだ。
「動けるか? 動けるなら、ハッチを開けろ」
『ああ、大丈夫だ。救助、感謝する。今から出る』
ポッド外側にはインターホンのような装置が取り付けられていた。そこから声をかけると、渋みのある男の声が返ってきた。
空気が漏れる音とともに、ハッチが上方向にゆっくりと跳ね上がった。小銃の床尾を肩に当て、銃床に頬を付ける。左手で銃身を支え、右手でグリップを握る。指はトリガーの横で指の第一関節を軽くかける――即応射撃の体勢で出迎える。
姿を現したのはパイロットスーツ姿の男。両手を上げ、ヘルメットをかぶっていない。アジア系らしい黒髪で、やや短足ガニ股。頬には大きな傷跡、めくれ上がった唇と険しい眼差しが、多くの喧嘩を潜り抜けてきた過去を物語っていた。
「安心してくれ。命の恩人に何かするような不義理はしねぇよ」
「ゆっくり手を下ろして、そこのストレッチャーに横になれ」
「へいへい」
男は言われたとおりに動き、ストレッチャーに腰を下ろして横になる。そして、備え付けの拘束ベルトを手に取り、こちらへ差し出してきた。これで固定しろという、意思表示だろう。
小銃を静かに下げ、ストレッチャーのベルトで男をしっかりと固定する。
「……マッケル・ザハヴ。俺が所属してるマフィアだ」
廊下のハンドルにストレッチャーを連結し、レールに沿って進む。その途中で男が口を開いた。
「正確には、その枝だな。下部組織の三納(みのう)一家ってところで補佐やってるタキイシだ、よろしくな」
軽口を叩く余裕はある、健康状態は良さそうだ。それに誰彼構わず牙を剥くような危険人物ではなさそうに見える。ただ、相手は裏社会の人間。何かの拍子に弱みを握られたら、態度を一変させる可能性もある。気を緩めるわけにはいかない。
「あんた傭兵だろ。俺たち裏の人間だって、傭兵には気を使うぜ。それにあんたは強えぇ、俺なんかよりずっとな」
タキイシの名乗った男は、こちらの警戒を解きたいのかずっと話を続けている。
「これでも喧嘩上等で有名なんだぜ? これまでゴロで負けたことは一度もねぇ」
にやりと笑い、俺をじっと見てくる。
「秘訣を教えてやろうか……観察眼だ。自分より強い相手を見抜く目だな。強い相手とは最初からやらねぇ。どうしてもやらなきゃならねぇ時は、きっちり準備して、勝てる算段を立ててから戦う」
そう言ってから、視線を外して天井を仰いだ。
「その俺の眼が言ってんだ。お前とは喧嘩しちゃならねぇ。こいつはとんでもないバケモノだってな」
「着いたぞ」
ストレッチャーをレールから外し、メディカルルームの中へ押し入れる。小銃を背中に回し、右足のホルスターから拳銃を抜く。右手で中を構え、銃口を向けたまま、左手で拘束ベルトを一つずつ外していった。
「降りろ。そこの医療ポッドで横になれ」
タキイシは抵抗を見せず、両手を上げたままゆっくりと従う。
――まさか宇宙世紀になってまで、任侠団体の構成員を拾うことになるとは思わなかった。この時代にもヤクザは生き残っていたんだな。そんな感慨を抱きながら、メディカルチェックが終わるのを待つ。
「ハル。お前の印象はどうだ」
「悪人なのでしょうが、根は善良な人柄のようです」
なるほど。ハルがそう言うのなら、少しは話を聞いてやってもいいのかもしれない。だがサーシャの安全は俺にかかっている。自分一人ならここまで神経質になることもないが、彼女はただの生身の人間だ。
――警戒してしすぎることはない。
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