第41話 叔母のハンナ

「三番線に、カリストセントラル経由、カリストⅢゆき快速が、一四両編成で到着いたします。ご注意ください」


 五〇〇年後の未来にも、電車は存在していた。

 

 それは衛星の地表のやコロニー内の軌道を走るだけではなく、途中の宇宙空間すら飛び越える、電車とシャトルを融合させたハイブリッド交通。


 正式名称は ORTS(Orbital Rapid Transit System/オービタル・ラピッド・トランジット・システム)。略して「オーツ」。


 一般にはコスモラインの愛称で親しまれている。この時代の宇宙に暮らす人々にとっては、比較的身近な乗り物だ。


 前世に例えるなら、JR東海道本線のような都市と都市を結ぶ大動脈のような路線……と言えば分かりやすいだろう。


 もちろん、他にもローカルな交通機関は存在する。コロニー内部の主要な施設や場所を結ぶエアライナーやメトロライナーなどは、まさにその代表格だ。


 静かなモーター音に混じって、金属の車輪の軋みがホームへと伝わってくると、流線型の車体が滑るように入線した。先頭車両に連結されて連なる客車。アニメに登場しそうな未来的デザイン、厳密にはリニアモーターカーとシャトルを掛け合わせたような乗り物。しかしその姿は紛れもなく――列車そのものだった。


「あれ、サーシャ。ここ、女性専用車両じゃないの?」


 電車が巻き上げる風に、サーシャの腰まで届く長い髪が靡く。


「いいのよ。カップルはオッケー」


 振り向きもせず、あっさり言い放つ。


「いや、そういう問題じゃなくて、やっぱちょっと気後れするんだけど」


「いいって。あんた、一〇人のうち六人は振り向くくらい見た目がいいんだから、恥ずかしがることなんてないって」


 なんだよその微妙な数字……まあ、六割が振り向くなら、確かに悪くはない……のか?


「いや、そういう問題じゃなくて……」


「ほら、乗るよ」


 列車の扉が開くと、ホームのゲートも連動して横へスライドする。サーシャは振り返りもせず、軽やかな足取りで前を行く。繋いだ手に引かれるままに、彼女の後を追って、車内へと踏み入れた。


「見て、そこの若い子。一度あんたを見て、急いで目をそらしたでしょ? ナンパすればイケるんじゃない?」


 客車に足を踏み入れた途端、サーシャは繋いでいた手をぱっと放し、くるりと振り返った。いたずらっぽい笑みを浮かべ、上目づかいで見上げてくる。


「そんなことしないって」


「うふふ……」


「なんだよ」


「レイの困った顔」


 そう言うと、サーシャは軽くほっぺたに人差し指を突き刺した……


 そのまま、指先で頬をぷにぷにと押してくる。にこにこと笑う顔は、とても機嫌が良さそうに見えた。


「次はカリストセントラル、カリストセントラル。各方面のコスモラインへは、ここでお乗り換えです。この列車はカリストⅢ行き快速列車です。カリストセントラルからは宇宙空間に出ます。お乗り間違いのないよう、ご注意ください」


 同時に、車両の天井にいくつものホロパネルが立ち上がり、乗り換え案内や今後の停車駅が次々と表示されていく。すごい……電車の究極進化系ってやつだ。


 しかしあんまり驚いた顔をしていると、サーシャに怪しまれそうだ。さすがに、コスモラインに乗ったのが初めてだなんて口にしたら、出自を疑われてしまう。


 セントラルの駅を出ると、列車はこれまでにない速度で加速を始めた。軌道は水平から垂直にかわり、天に向かって真っ直ぐに駆け昇って――飛んだ。銀河鉄道のように、宇宙へと。


 五分ほどで、軌道上に浮かぶ小型ステーションが視界に入った。水耕栽培用の農業プラントコロニーだ。列車はそこの駅を通過し、次に現れたのは視界を覆い尽くす太陽光パネル。どこまでも続いていて、果てがまったく見えない。衛星カリストへ電力を送る巨大な太陽光発電所。その駅もあっさりと通り過ぎていった。


 さらに一〇分ほど走ったころ、窓の外にカリストⅢが姿を現す。六つのコロニーが連結した、総人口二〇〇〇万人を超える巨大な宇宙都市だ。


 円筒形のシリンダー型コロニーが六角形を描くように結合され、それぞれがゆるやかに回転している。中心には円盤形の巨大ステーションがあり、回転しない軸の部分と接続されていた。


 ここは宇宙港にして、交通や物流、さらには軍事拠点までを兼ね備えたベイエリア。数え切れない宇宙船やシャトルが絶え間なく出入りしていた。


 ベイエリアの駅に着くと、各コロニーの主要施設とを結ぶメトロライナーに乗り継いで、サーシャの暮らす二番コロニーへ。さらにエアライナーに乗り換え、サーシャの生まれ育った町――テキサスタウンの一二番街へと到着した。


 ここは、アメリカ系白人が多く移住してきた地区らしい。未来的な高層ビルが立ち並ぶ中に、石造りの古風なヨーロッパ建物が混在し、東海岸のダウンタウンのような雰囲気を残している。名前のテキサスとは少し趣が異なるが、至る所に星条旗が掲げられ、アメリカらしさを一層際立たせていた。


「とうちゃく! ここがあたしの家!」


 工場を出て四〇分ほど。大通りから一本入った裏通りに、小さな個人商店が並ぶショッピングストリートがあった。その一角に、石造りの古風な高層住宅がそびえている。


 サーシャに導かれるままエントランスへ進み、生体チップによるセキュリティチェックを通過。エレベーターに乗り込み、三六階へと上がった。


 ドアを開けて中に入ると……長く留守にしていたとは思えないほど、家はきれいに片づけられていた。


「おかえりなさい、サーシャ」


 誰もいないと思っていた家の奥から、クラフトン商会の社員食堂を取り仕切る女傑――サーシャの叔母、ハンナが姿を現した。


「ただいま」


「ハンナさん。その節はどうも」


「やだよ、あんたのほうが上司なんだから、変に気を使わないでよ」


 挨拶もそこそこに、サーシャに右の手を引かれ、リビングダイニングへと向かう。


「父が亡くなってから、ハンナが片づけてくれたのよ。足の踏み場もないくらいに散らかってたんだから」

 

 サーシャは少し照れたように笑い、部屋の様子を見回した。


「どうぞ」

 

 ハンナに促され、ソファに腰を下ろす。


「そういう生々しいのも見たかったな」


 サーシャに視線を向ける。


「いやよ。ばかじゃないの?」


 素っ気なく返しながら、上着を脱ぎ「片づけといて」と投げてよこす。その光景を微笑ましそうに眺めていたハンナは、対面に座りながら言った。


「ほんと、いい男性と巡り会ったみたいね、サーシャ」


「な、なによ急に」


「いいえ、別に」


 ハンナは笑みを深め、サーシャに視線を向けたまま立ち上がる。


「お茶をいれるわね」


「あ、あたし要らない。友達と待ち合わせしてるの。夕方には帰るから」


 いそいそと服を着替え始めるサーシャ。


「ちょっと、レイ君はどうするのよ」


「夕方には帰るから。それまで面倒見といて」


 サーシャの態度に何か言おうとするハンナを、右手を上げて制止する。


「いいんですよ、好きにさせてあげてください。当分は帰ってくることも出来ないでしょうし」


「だけどあんた……」


「いいんですよ。俺もゆっくりする時間なんてなかったし、少し昼寝でもさせてもらいます」


 ハンナは俺とサーシャを交互に見やり、ため息をひとつついて肩をすくめた。


「じゃあね、よろしく」


 サーシャはウィンクをひとつ飛ばすと、慌ただしく出かけて行った。


「ごめんなさいね、レイ君」


「いえいえ、あれでいいんです。ああやって、のびのび楽しそうにしている時が、一番きれいなんです。サーシャは、そういう女性なんですよ」


 はにかんだように言うと、ハンナは驚いたような表情を見せた。

  

「へぇ……その歳で、遊び慣れた中年男みたいなことを言うんだね。まあ、それくらいじゃなきゃ、あのじゃじゃ馬がここまで気を許さないか」


 そう言うと人差し指を唇に立て「じゃじゃ馬ってのは、あの子に内緒だよ」と、ほほ笑んだ。


 小さく頷きながら、そうです、中身は中年男です……そう心の中で呟いて、にっこりとカウンターでお茶をいれるハンナに笑みを返した。


「それでレイ君。単刀直入に聞くけどさ。あんた、サーシャをどうするつもりだい」


 レイは少し姿勢を正して、視線をまっすぐに返す。


「妻に……と、思ってます」


 ハンナは片眉を上げ、笑みを含んだ目でこちらを見つめる。


「へぇ、迷いもなく言い切ったね」


「当たり前です」


 軽く頭を縦に振り、カウンターに置かれたティーポットに視線を向ける。


「そのつもりもなく会社に肩入れするようなことはしませんし、同じ船に乗せて連れまわしたりもしませんよ。それに、指輪も受け取ってもらいましたし……」

 

 ハンナは聞きながら、ティーポットからカップに茶を注ぎ、少し高級そうな焼き菓子と共にトレーに乗せる。ゆっくりと歩いてソファに向かい、ティーカップと菓子を目の前に置いた。


「そうかい、それを聞いて安心したよ。サーシャの近くに残った唯一の肉親として、それだけが心配だったんだ。ほら、あの子、会社のためなら無茶するだろ。だから……」


 自分の席の前にもティーカップを置き、対面に腰を下ろす。


「安心していただけましたか?」


「ああ。あんたの言葉よりも、サーシャの顔を見てわかったよ。大事にされているということがね」


「それはよかった、おばさん」


 ティーカップに手を伸ばし、口をつけようとしたところで、ハンナの動きが止まった。片方の眉を吊り上げ、にやりと笑いながら言う。


「それはまだ早いよ、レイ」


「そうでしたね、失礼」


 その一言に、ハンナはふっと目元を緩め、静かに茶を一口すすった。


「休むなら部屋を用意してるよ。元は父親の部屋だったんだけど……遺品はあらかた処分した。気になるなら、ここで寝ていてもいいけど」


「そうですね……では、お父さんの部屋で休ませていただきましょう」


 そう言って出された焼き菓子を口に放り込み、お茶で流し込む。席を立ち、心の中でそっと誓う――お父さん、あなたのお嬢さんは、俺が必ず幸せにします、と。


 そして義父となるはずだった人物の部屋へ。


 小綺麗に片付けられた部屋の奥にある大きなベッド。そこに身を横たえ、静かに瞼を閉じた。

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