自由都市ケレス

第35話 メインベルトでのお仕事

 アステロイドベルト――小惑星帯と聞くと、無数の小惑星や岩塊が密集し、右へ左へと舵を切りながら衝突を避ける。そんな危険な宙域を思い浮かべる人も多いだろう。子供の頃に見たアニメでは、小惑星を盾に使いながら、多勢の敵に反撃を試みる主人公に胸を躍らせた記憶がある。


 だが、現実はまるで違う。

 

 一つひとつの小惑星の間隔は数百万から数千万キロメートル。広大すぎるほどの宙域に、点のように漂うだけの空間。実際にメインベルトへ足を踏み入れて、幼い頃に抱いた”アステロイドベルト”のイメージは見事に裏切られた。


「キャプテン。友軍OSEを通じて緊急通報を受信。『敵性の武装船団を発見、注意されたし』だそうです」


 JTOを出港して二日目。メインベルトを航行中のムラサメのブリッジに、ハルの声が落ちてくる。ジュピター協商連合の私掠船が、有力な敵の武装船団を発見したらしい。標的のIFFはマース帝国籍を示している。


 ムラサメには救助活動用に使う周辺探査用の小型OSE(軌道索敵無人機)しか積んでいないが、中には偵察任務に特化した大型ステルスOSEを運用する艦もある。ムラサメもモジュールを追加することで、そういう偵察や管制能力を強化することは可能だ――実際に導入するかどうかは、今後の活動次第だが。

 

「しかし、ムラサメって本当に襲われないよな。非武装単独だと二時間で襲われる確率が六八パーセントだったっけ?」


 以前、ハルが言っていた統計を思い出して口にすると、輸送員席のサーシャが振り返って答えた。


「あたりまえよ。正規軍の最新鋭巡洋艦にケンカ売るバカなんて、そうそういないわ」


「一応、武装貨物船だけどね」


「登録上はそう。でも外見はどう見ても巡洋艦。それも重武装・高出力の新型よ。戦いを生業にしている連中、特に戦いに馴れた者ほど、そういう危険には敏感だもの」


 まあ、そりゃそうだ。ゲームじゃないんだし「強敵発見!」なんて理由で挑んでくるやつはいない。


「サーシャの言うとおり、私掠船は基本的にフリーランサーです。返り討ちに遭う、あるいは反撃で自ら大損害を被る危険がある相手に挑んでも、割に合いません」


「まあな。いくら金を積まれても、軍の戦艦や航宙母艦に喧嘩を売ろうとは思わん」


「そういうことです」


 ブリッジの座席前方に球形のホロモニターがふわりと浮かび上がる。受信した航跡データをもとに、脅威とされる船団の配置が立体像で描き出された。


「PRA(私掠船管理局)からの緊急クエストを受信しました、アライアンスのお誘いです。FTLS信号が、周辺の友軍に向けて発信されています。リンクしますか?」


 FTLS――Fleet Tactical Link System。軍が艦隊戦で使う戦術指揮統制ネットワークだ。


 複数の艦艇や戦闘機群をリアルタイムで結び、作戦における行動指示と目標の共有、位置や速度、装備、損傷状況など戦闘に必要なすべての情報がリンクされる。


 要は、艦をバラバラに動かすのではなくひとつの群れとして扱い、効率的に集団戦闘を行うための管制システムだ。開発元は宇宙軍だが、PMC仕様にダウングレードされたものが民間利用されている。もちろん戦闘ログは、しっかり軍にフィードバックされるわけだが。


 体のいい実運用の試験に付き合わされているのだが、あると無いとでは大違いである。無料で使えるので、各PMCは大いに活用していた。


「ハル、内容は?」


 キャプテンシートのホロパネルに流れる情報を追っていると、サーシャがハルに内容の説明を求めた。


「M型小惑星(金属小惑星)の争奪戦です」


 ハルがいつも通りの優しい声で答え、表示された資料にざっと目を通した俺が補足を加える。


「マース帝国の会社が見つけた小惑星を、こちらの企業が横取りした。その奪還のために、マース側のPMCが連合を組んでカチコミをかけて来た……ってところだな」


「ふーん」


 アッサリした返事。基本的にサーシャはサルベージ屋だ、小惑星を巡る縄張り争いには興味がないらしい。 


 その表情を読み取ったのか、ハルが続ける。


「軽く言いますが、サーシャ。M型は金属そのものの塊です。たとえ直径百メートルでも、レアメタルが豊富に含まれていれば国の年間予算に匹敵する現金価値を持ちます」


「マジで?」


 目に輝きを取り戻したサーシャが、椅子の上で身を乗り出す。実にわかりやすい、現金な女だ。


「しかし友軍が劣勢だなあ」


 参加したい、助けに入ってやりたい気持ちはある。だが――。


「はい。敵は中型武装船七、小型二五、計三二隻。友軍は中型三、小型三〇。数は拮抗していますが、高火力・高防御の中型が敵の半数以下です」


 ハルの冷静な分析が返ってくる。腕を組み、シートに深く身を預けながらモニターと睨み合う。PRAが緊急クエストとして発表している以上、勝利した際の報酬は十分に用意されているはずだ……問題は、味方がどれだけ頼りになるのか……だな。


「アウトレンジから主砲を撃ちまくれば勝てるんじゃない? 中型船を何隻か叩けば、隊列を乱した敵に味方の小型が突撃してチェックメイトよ。素人のあたしでもわかる」


「いや。ムラサメの主砲をここで皆に知られたら、今後も当てにされて面倒なことになる」


「前に見られたじゃない」


 サーシャが振り返りながら、身を乗り出すようにして食い下がる。


「あれは逃走中の味方を助けに入ったんだ。しかも遠距離からの狙撃。いくらでも誤魔化しようはある。けどな、FTLSのステータス画面上で175㎝ギガント級重レーザー砲なんて表示されてみろ、どえらい騒ぎになるぞ」


 相手は面識のない傭兵たちだ、必要以上に頼ろうとするだろう。この切り札は、安易に知らせるべきではない。


「たしかに。有象無象にたかられて面倒なことになりそうね……」


 サーシャは納得したように視線を前方に戻し、輸送員席に座り直した。


「キャプテン……残念なお知らせです」


 そこへ、いつもの優しい調子だが、わずかに憂いを含んだ声。最近は不思議と、ハルの声から感情のようなものを読み取れるようになってきた。AIのくせに芸が細かい。


「どうした」


 思わせぶりな言い回し、聞き返すしかない。


「PRAからの正式な要請が出されました。戦闘空域から一〇〇EU以内の武装船、すべてが参戦対象。報酬はスコア方式。誠に遺憾ながら、該当する船は当艦しか存在しません」


「腹を括れと言うことか……」


「拒否できない訳ではありませんが、ここは素直に従っておくべきでしょう」


 PRA――私掠船管理局。


 文字通り、私掠活動を管理する国家機関だ。免許の発行、船の保護、宙域ごとの私掠許可、情報の共有と監視、撃破報酬や賞金首の取り扱いまで。とにかく傭兵稼業を続ける以上、敵に回してはならない組織である。


「よし。WDS(火器管制システム)から主砲をパージ、電源をカット。その上でFTLSへリンクを共有」


「了解しました、キャプテン」


 球体表示の立体俯瞰パネルに敵味方の艦船情報が展開され、メインモニターの右半分にはFTLSの戦況および作戦指示ウィンドウが立ち上がる。さらにその下に新たなパネルが立ちあがり、各艦の映像、武装、シールドなどのステータスが一覧表示されていく。


「キャプテン。チームリーダーから通信です」


「ああ、繋いで」


 通信コンソールへ視線を移す。姿勢を正し、表情を引き締める。傭兵は舐められてはいけない。キャプテンシートの前に通信パネルが立ち上がり、旗艦のキャプテンが映し出された。


『ジュピター・コンコルド所属、ワイアームのキャプテン、クルトベルト・シュタイナウだ。ムラサメ、参戦を歓迎する』


 金髪を短く刈り込み、アイロンの利いたPMCの制服に身を包む中年男。まるでハリウッド映画に出てくる米海軍エリート士官のような、真面目で精悍な顔立ちだった。


「ジーフォース所属。ムラサメのキャプテン。レイ・アサイ。よろしく頼む」


 ジュピター・コンコルド――正式名称 Jupiter Concord Defense Bureau(JCDB)。協商連合宇宙軍と大手軍事企業の出資によって設立されたPMCで、紛争や治安維持といった非正規戦に直接武力介入するための民兵組織だ。傭兵仲間の間では“軍の下請け”とあだ名されている。


 一方、Z4S、ジーフォースは軍情報部系統、諜報や調査に近い任務を専門とするPMCである。戦闘力を備えてはいるが、組織の性格はジュピター・コンコルドと大きく異なる。


『開戦予想は三時間後、一三〇〇j(木星標準時で十三時)。一一三〇jまでに集合、ブリーフィングを行う。待望の中型クラスだ、頼むぞ』


「作戦データは受け取った。こちらも目を通しておく。それではキャプテン・クルトベルト、また後ほど」


 通信が切れると、コンソールに静寂が戻る。


「レイ。主砲なしで、本当に大丈夫なの?」


 サーシャが不安げにこちらを見つめてくる。


「ああ。戦いに敗けることはあっても、ムラサメは沈まない」


 視線を受け止めて目元をわずかに緩めると、彼女に小さく頷いた。


「その通りです、サーシャ。この船のシールド防御力と、弩級戦艦用の反物質エンジンによる速度性能は圧倒的です。レイがよほどのヘマをしない限りは……」


 ハルが意味深に言葉を濁し、サーシャが怪訝そうな視線を寄こす。


「な、なんだよ。世間知らずの甘ちゃんでも、船の運用に関しては一流だと自負してる。艦隊指揮だってできるんだからな!」


「そうなの? ハル」


 いかにも意外だといった表情で、サーシャが確認する。


「ええ。こと船の運用に関しては、熟達した軍人にも引けを取りません。頼りになるキャプテンです」


「ふーん……。まあ、ハルが言うならそうなんだ」


「なんだよそれ。そんなに信用ないかな……」


「うふふふ。嘘よ。頼りにしてるわ、レイ」


 そう言ってウィンクを飛ばし、花が咲くような笑顔を見せるサーシャ。


 ――さて、初めての艦隊戦だ。報酬のことを考えれば、何としても勝ちを拾いたい。戦闘後はサルベージ作業。部品も選び放題だろう。


 戦闘態勢を維持している以上、気を許すことはできない。だが、今のうちに一息ついておいたほうがいい。サーシャに小休止を取らせるために、リラックスルームへと向かわせた。

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