第23話 これからの事

 柔らかなベージュで統一された内装。広々としたダイニング兼休憩室は間接照明に包まれ、穏やかな空気が漂っていた。およそ二〇〇人は余裕で収容できそうなこの空間には、テーブルやソファがゆったりと配置され、どこか高級ラウンジを思わせる落ち着きがある。


 食堂スペースには四人掛けのダイニングテーブルが二脚。さらに奥には六人掛け、八人掛けのテーブルが順に並ぶ。各テーブルには個別の照明が設けられ、温かみのある光が静かに降り注いでいた。


 壁際にはリラックスチェアやマッサージチェア、そして部屋の角には巨大なモニターパネルを囲むようにL字型の大型ソファが据えられている。


 そのさらに奥にリラックス用のカプセルベッドが並び、一番端には透明な強化ガラスの大窓。そこには宇宙の星々を一望できる展望デッキが設けられていた。


 ここはムラサメのダイニング兼休憩スペース、今日から「リラックスルーム」と呼ぶことにする。


 さて、あのいけ好かない元メインバンクの銀行員に、丁重にお帰りいただいた翌日。サーシャと共に、ここでひと息ついている。彼女は着替えを持ち込み、そのまま船に泊まり込んでいた。


「サーシャ。当面はメインベルトを中心に活動する……と言うことでいいのかな?」


 ソファに深く腰を預け、隣に座るサーシャへ視線を向ける。今日の服装はダボッとしたスウェットパンツに、胸の丸みがくっきりと浮いたTシャツ。完全な部屋着だ。


「そうね。レイが傭兵の仕事をこなしつつ、サルベージ業との相乗効果を狙うなら、それが一番。実際、儲かるはずだし」


 そう言いながら、ソファに置かれた左手に彼女の右手がそっと重ねられる。柔らかな感触と、じんわりとしたぬくもりが伝わってきた。


 少し前までこの部屋では、クラフトン商会の工場長で役員のグリム、そして社員食堂の調理責任者でサーシャの叔母でもあるハンナを交えて、今後の方針を話し合っていた。


 決まったのは、昨日の銀行員との一件で肩代わりした商会の債務を、会社再建への出資金として扱い、出資者として資本参加する形を取ること。これにより、正式にクラフトン商会の一員となり、非常勤役員、取締役補佐として役員名簿に名を連ねることとなった。


 報酬は売り上げの十二パーセント。そこには役員報酬に加え、ムラサメをサルベージ船として運用するチャーター料も含まれる。その際、傭兵業の兼業もできると、契約書に明記された。

 

 ハルの評価によると、ムラサメを専属のサルベージ船として稼働させての報酬なら到底見合わない。しかし、傭兵業や私掠活動との相乗効果を見込めば、悪くない条件との判断だった。


「となると……拠点を移すことになる。荷物とか、準備は大丈夫?」


 問いかけに、サーシャは「そうね、準備に今日一日もらおうかしら」と応じ、小さな「よいしょ」の声とともに立ち上がる。


「この船での暮らし、意外と快適だしね。拠点を移すなら家の処分も考えなきゃ」


 軽く背伸びをして肩を回し、ひとつ小さくため息をつく。


「いやいや、家はあったほうがいいんじゃない? 会社はカリストにあるんだし」


 そう返すと、振り返ったサーシャが微笑み、ソファの背に手を置きながら身を乗り出す。


「それもそうね。まあ、そこはおいおい考えればいいか」


 ふっと柔らかい笑みを浮かべ、軽く屈んで額にそっと口づけをくれた。


「レイのおかげで、余裕もあるし」


 その瞬間、ふわりと香水の香りが鼻先をかすめる。落ち着いた甘さに、柑橘系のさわやかさと清涼感。嫌味のない、きれのある残り香が静かに漂った。


 ――こういうセンス。男の心を絶妙にくすぐる術にかけては、サーシャは本当に抜け目がない。


「じゃあ、私は家に帰って荷物の整理をしてくるから……レイはどうするの?」


 ドアの前で立ち止まり、こちらを振り返るサーシャ。その瞬間、柔らかなブロンドの髪がふわりと宙に舞い、弧を描くように流れた。


「弾薬の補給をお願いしてあってね。クラスターランチャーのロケットは軍にしか在庫がないから、少し時間がかかってる。ジーフォース経由の注文で、今日の昼に届く予定だ」


「そう。じゃあ、私は少し家に戻って荷物をまとめてくる。ハンナ達が手伝ってくれるって言うし、夜には戻るわ」


「ああ、気をつけて」


 サーシャは軽く片手を上げて微笑むと、くるりと踵を返す。その背にふわりと揺れるブロンドの髪が、廊下の明かりを受けてやわらかくきらめいた。そして閉まりかけたドアの隙間からもう一度だけ振り返り――笑って小さく手を振る。そのままハンドルを握り、滑るように廊下へと消えていった。


 少し遅れて、静かにドアが閉まる。


「さて、ハル。メインベルトとカリストⅨについて、少し教えてもらえるかな」


 傭兵稼業ではサーシャを頼れない。もともと単独で行くつもりだったし、現地に行けばどうにかなると考えていた。だが彼女が同行するとなれば、ほんの少し“傭兵らしいところ”を見せてやりたいという欲が頭をもたげる。


「はい。メインベルトは、レイが座学で学んだ通りの場所です。軍や警察の力が及ばず、複数の企業や武装勢力が割拠し、主にレアアースなどの採掘権を巡って争っています。紛争宙域、と言って差し支えないでしょう」


 要するに、北〇の拳やマッド〇ックスのような世紀末世界が、宇宙にそのまま広がっている――そんな場所だ。


「もちろん、ネメシスの武装艦――リーパーたちも、“狩り”のためにこの辺りへ集まっています」


 ネメシスは、蟻のように群体で生きる人工生命体だ。群れの中心には巨大な製造母体『マザー』が存在し、その内部で同胞を製造する『ワーカー』、マザーとワーカーを守る戦闘特化型『ソルジャー』、そして餌――機械の体を作るための素材を求めて宇宙を徘徊する『リーパー』と『スカベンジャー』が存在する。


 リーパーは小型ながら高い機動性と強力な武装を備え、五体から十体ほどの小集団で行動する。標的を連携して追い詰め、確実に仕留めるその手口は、まさに“狩人”のそれだ。一方、スカベンジャーは大型の回収特化型で、武装は最小限。長期漂流しながらスペースデブリを拾い集めることを目的としている。


 先日、サーシャたち――クラフトン商会のコムナーを襲ったのは、間違いなくこのリーパーだ。単独行動だったのは、軍の掃討を生き延びた残党だったからだろう。


「当面は、そのネメシス狩りと私掠船としての活動か。他国船を標的にして拿捕してもいいし、撃破して部品や積荷を回収してもいい。商会のサルベージ船という性格上、護衛任務のような他者に行動を縛られる仕事は向いていないな」


「ええ。とりあえずカリストⅨに着いたら、PRAのオフィスに向かいます。まずはメインベルトで活動するための許可を取らないといけません。それに、他国の私掠船が賞金首になっている場合や、現地でしか拾えない生きた情報も集まりますから」


 PRA(私掠船管理局)。その名の通り、私掠船の活動を登録・監督する組織である。


 私掠船とは、他国の船を襲撃することを自国政府から正式に許可された武装船のことだ。ただし、どの国にも属さない公宙域であっても、安全航行が条約で保障されている宙域での襲撃は討伐対象となる……それも現行犯に限られるが。


 こうした制約がある中で、メインベルトは官憲の力が及ばず、獲物も多い。私掠船がのびのびと“仕事”をできる、数少ない場所なのだ。

 

 もちろん、免罪が通じるのは自国内だけ。国が違えば、それはただの海賊船に過ぎない。


 ジュピター協商連合の私掠船が地球連邦の艦船を襲い、逮捕されて地球に連行されれば――待っているのは“宇宙海賊”としての扱いだ。容赦なく、法の下に処罰される。


「よし、ならばカリストⅨのガイドでも見ながら予習しておくか。……あとは、船の掃除だな」


 コンソール前の椅子から立ち上がり、軽く背伸びをする。


「キャプテン。清掃ユニットが現在稼働中ですので、ご心配には及びません」


 天井スピーカーからハルの優しい声。柔らかい響きで鋭く指摘され、思わず苦笑が漏れる。


「じゃあ……自分の部屋でも整理しておくか」


 まあ、私物らしい私物もないけどな……


 言いながら扉に向かって歩き出す。


「それよりも、サーシャの負担を軽減するために――あの女性から贈られた玩具で、ひとり遊びしておくことをお勧めします」


「なっ…………!」


 足がピタリと止まる。


「ハルっ!」


 振り返りざまに叫ぶが、室内に返事はない。ただ、スピーカーが小さくノイズを立てただけだった。


「あ、弾薬が届いたようです。装填を開始しますので、こちらはお任せください。キャプテンは少し、自室でお休みになることをお勧めします」


 まるで会話の打ち切り宣言のように、音声が切れた。


 サーシャの負担と言われたら、やっぱ気になるよな……


 ハルの言ったことを考えながら廊下のハンドルを握り、滑るように居住区画へ移動する。自室に入り、無言のままベッドに腰を下ろすと、例の端末を手に取った。浮かび上がったホロ映像は――


 一糸まとわぬあの年増の、美人研究員。離れてまだ数日しか経っていないというのに、やけに懐かしく感じた。


 触れた肌のぬくもり。鼻に残る香水の香り。目を閉じればすぐそこにいるように、彼女のことを思い出す。


「……サーシャ、ごめん」


 やわらかい円筒状のプニプニを手に、サーシャの名を口にしながら……一人の時間を過ごした。

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