第10話 サーシャの事情

 サルベージャー

 

 宇宙を漂う宇宙ゴミ、スペースデブリを回収してリサイクルする廃品回収業者。


 木星の衛星カリストに工場を構えるサルベージャーのひとつ、クラフトン商会は、ある宙域で宇宙船の残骸を発見。回収作業中であった。


 その最中、突如として襲いかかってきた未知の存在による攻撃を受け、サルベージ船は爆散。外部で作業していた回収ポッドは、爆発の衝撃で宇宙空間へと投げ出された。


 作業ポッドを操っていたのは、一人の女性パイロットだった。


 彼女は辛うじて生き延び、救難信号を発しながら漂流していたところをたまたま近くを通過していた我がムラサメに救助された。


 ただ、ひとつ気になるのは――その襲撃の発生地点だ。この辺りは協商連合の勢力圏内、しかも本星と衛星とを結ぶ内宙域と呼ばれる軍の警戒レーダーが監視する索敵範囲内。パトロールも頻繁に行われており、海賊行為など出来るような場所ではない。さらに言うと、サルベージ船など襲ったところで何を奪うというのだろうか。


 まだ彼女の話は聞けていないが、場合によっては現場へ確認に向かう必要があるかもしれない。あるいは、その“未知の存在”が、まだそこに潜んでいる可能性すらある。


 というわけで、本艦はしばらく彼女を救助したこの宙域にとどまっていた。


 ブリッジではこれといってする事もなく、キャプテンシートに身を沈め、アームレストに両腕を乗せたままぼんやりと考えごとをしていた。


「キャプテン、サーシャさんが入浴を終えられたようです。エスコートして差し上げてください」


 艦内AIのハルが、やや芝居がかった口調でそう告げた。


「ああ、了解」


 こいつ、この艦の中を全てモニターしてやがる。まあ、運用AIなんだから当然かもしれないが。


「キャプテン。ちなみに、プライベートルームまでは覗けません」


 ……やべ、人の心まで読めるのかよ。


「人の心は読めませんよ。発した言葉に対する表情、動き、バイタルの変化といった相手の反応。そして、普段のやり取りから得た性格データ。それらをもとに、“おそらくこう思ってるだろうな”という推定に基づいてお答えしただけです」


 なにその高度すぎる読心術。


「間違っていましたか?」


「い、いや……全部的確だったよ、ハル」


 こいつ、絶対に敵に回したらダメな奴だ。


 そう心に刻み込み、ハルから逃れるようにしてブリッジを出る。居住区画にあるバスルームの前に立つと、ハッチを軽くノックした。


 内側から扉が開き、出迎えるようにシャンプーの香りが漏れ出した。その奥で、風呂上がりのサーシャがドライヤーを手に髪を乾かしていた。


 磨かれて艶を増した肌。ほんのりと色づき、上気して頬をピンクに染めた風呂上がりの表情。じっとこちらを見つめる切れ長の目は少し気怠げで、とてつもなく色っぽい。


 視線を下げると、着替えにと渡した医療用の簡易ウェアは明らかにサイズが合っていなかった。豊かなバストと、肉付きのいい腰回り、彼女のワガママすぎる肢体が布越しでも遠慮なく浮き彫りになっている。


 しかも……ノーブラ、なのか?


「さ、サーシャ。部屋へ案内する前に、ちょっと話があるのだけど。その……その格好というか」


「ああ、これね。ごめんなさい。男性の前でこれはどうかと思ったんだけど……ほら、私、ちょっと大柄だから」


 たしかに、彼女の身長は一八〇センチほどある。丸みを帯びて盛り上がったバストはもちろんのこと、腰からヒップ、太腿にかけてのラインはむっちりというか――正直、服が可哀想なレベルで張り付いていた。


「い、いや、その……女性用はちょっと小さかったみたいですね。男性用のサイズを持ってきます。それと、あの……下着もできれば」


「えっ……きゃっ!」


 サーシャは小さく叫ぶと、ばっと両腕で胸元を抱えるように隠し、戸惑いと恨みの混じったような視線でこちらを睨んできた。


「す、すぐ持ってきます!」


 逃げるようにメディカルルームへ走り、棚からLLサイズの男性用ウェアを引っ張り出す。再び浴室へ戻り、ドアをノック。少しだけ開いた隙間から伸びてきた手に、服をそっと手渡した。


 しばらくして、着替えを済ませたサーシャを伴ない、ダイニングや娯楽室も兼ねた休憩室に向かった。

 

「それにしても、凄い設備よね」


 今までの艦内設備をみた彼女の、率直な感想だろう。


「まあ、丈夫さと実用性が最優先って感じだけど。まるで軍の船みたい」


 そりゃまあ、軍艦だからな。


 とはいえ、この艦はクルーの負担を少しでも減らすためにかなり気を使っているのがわかる。

 

 この部屋にしても、ダイニングテーブルのほかマッサージ機能付きのリクライニングチェアに、大型のソファ、各種モニター、娯楽用の端末類が揃い、端のほうは宇宙が見える展望デッキになっている。隣室はジムになっていて、トレーニング機材も完備だ。


 とまあ、そんなことはさておいて。彼女の事、そして今後の事を話さなきゃ。

 

「さて、サーシャ。……言いにくいかもしれないけど、例の“襲撃”について、何か教えてもらえるかな」


 机の上に肘を付き、指を絡めるように弄ぶ。聞きにくいことを聞かなきゃいけない時って、どうにも落ち着かないんだよな。 

 

「そう言われても……」

 

 彼女はソファに腰を下ろし、髪を指先でかき上げ大きく首を振る。ふわりと立ちのぼったシャンプーの香りが鼻先をくすぐり、思わず視線が泳ぐ。

 

「作業ポッドにはまともなレーダーも付いてないし、正直、何が起きたのか全然わからないの。気づいたときには、サルベージ船がいきなり砲撃されてて――もう、爆発してた」


「なるほど、奇襲か」


 この件に関しては、何も情報を得られそうにない。ならば、これから先の事だな。


「それと、今後のことなんだけど……」


 そう問いかけて視線を向けると、真面目な顔でしっかりと見つめ返してくる。


「サルベージ船は、父の船だったの。正確には、会社の所有だけど」


 彼女はゆっくりと、話し始めた。


「私の名前は、サーシャ・クラフトン。クラフトン商会は父の会社で、私は役員で社長の娘。船と社長を同時に失って、私はクラフトン商会の事実上の後継者」


 そう言って、サーシャは少しだけ視線を落とした。


 攻撃されて人が死ぬ。この宇宙で当たり前に起きうること。それを今、実感する。


「それは……その、お気の毒というか……ご愁傷さまと言うべきか……」


 そんな言葉に、彼女はかすかに微笑む。


「ごめんなさい。救助してもらったのに気を使わせちゃって。その件はもういいの。こういう仕事をしてる以上、覚悟はしてた。ただ……会社のことを考えるとね」


 そりゃそうだ。

 

 大事な船と社長、そして仲間のクルーまで一度に失ったんだ。会社としては大損害どころの話じゃない。気のせいか、彼女の瞳がほんのりと潤んでいるように見えた。

 

 肩を落とし、うつむいた胸元が大渓谷のような谷間を作っていて……って、いやいや、今はそれじゃない。


「……会社の船は、他に何隻あるんだ?」


 サーシャは顔を上げ、まっすぐこちらを見た。


「ないわ。あれが唯一の船だったの。たった一隻の、我が社の全てだったのよ……。もうどうすれば……。船がなければ私たちには何もできないのに……」


 その瞳から、大粒の涙がぽろりとこぼれ落ちた。


 なんてこった。

 

 宇宙ゴミを回収してリサイクルする会社が、その唯一の回収手段を失った。これは気の毒なんて言葉で済まされる状況じゃない。


「工場で働いてる社員もいるし……亡くなったクルーの家族に、私、なんて説明すればいいの。工場も、船も、まだ借金が残ってるのに……。私、もう……どうしたらいいのかわからない。いっそ、あの場で死んでたほうがよかったのかも」


 俯いたまま、膝の上で握った両手をギュッと握り締め、サーシャは肩を震わせながら涙をこぼした。


「ご、ごめんなさい。助けてもらったのに、こんなこと言って……“死んだほうがよかった”だなんて……」


 ハッと顔を上げ、袖で涙を拭いながら、必死に笑おうと口元をゆがめる。

 

 でも、その笑顔はあまりにも痛々しくて、見ていられなかった。


「……いや、ごめん。俺もちょっと、無神経だった」


 そうだよな。


 俺なんか、ついこの間まで地球でぬるま湯みたいな日常に浸かって生きてた人間だ。こっちに来てからも、周りの人たちが何もかもお膳立てをしてくれて、こんな船まで用意してもらった、ただの世間知らずだ。

 

 だからこんな過酷な現実が、こんなにも身近にあるなんて……想像すらしていなかった。


 力になってやりたい。


 甘いのかもしれない。でも、それが今の、正直な気持ちだ。


 必死に笑おうとして上手くいかず、うつむいたままぼたぼたと涙をこぼし、時折すすり上げるような音が聞こえる。


 俺はダイニングのカウンターに目をやり、そこに置かれていたティッシュを取って、箱ごと彼女に差し出した。


「……ありがとう」


 掠れた声でそう呟き、サーシャはティッシュを受け取る。

 

 俺はそのまま、彼女の隣に腰を下ろす。

 

 そっと肩に手を添えると、サーシャは驚いたように顔を上げて潤んだ瞳で見つめて来た。


 ――美人だ。


 吸い込まれるようなスカイブルーの瞳。涙に濡れて、その美しさはいっそう際立っていた。泣き腫れた目元も、艶やかに濡れた半開きの唇も、今の彼女のすべてが――たまらなく、愛おしい。


 自然と、体が前に傾いていた。特に何かを意識したわけではない、自然と唇が、彼女の唇へとそっと近づいていく――


「キャプテン!」


 鋭く響く声が、甘い空気を断ち切った。


「大至急、ブリッジまでお戻りください。襲撃犯について、気になる情報があります」


 室内にこだまする、ハルの声。


 ……まったく、空気を読まないにもほどがある。


 いや、読む気がないのか、読んだうえでわざとやっているのか。


「……くそ、ハル」


 俺は小さく悪態をつきながら、顔を戻した。サーシャもまた、照れ隠しのように目を逸らしていたが、ほんの少しだけ頬を赤らめている気がした。


「ちょっと、ブリッジへ行ってくる。ダイニングにドリンクサーバーもある、適当に何か飲みながら待っていてくれ」


 そう言い残して席を立った。

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