第7話 お日様ブーケ
何が不満とかじゃない
家族が嫌いとかじゃない
学校が悪いわけじゃない
友達と会いたくないわけじゃない
明日のことすら分からないから
未来を考えられないだけ
特に理由もなく
ただなんとなく
生きるのがめんどくさいだけ
目標だとか夢だとか
理想だとか言われても
私には何にも浮かばない
浮かばないから聞かないで欲しい
今日はただなんとなく
死ぬことすらめんどくさくって
霊にすら出会いたくなくて
昼間にひとけのない場所へ
ビルとビルの間って
存在するのに無のようで
私の性に合っている
ここが東京だったなら
きっと誰かに見つかってしまう
日陰を抜ける強い風
舞って螺旋を描く髪
顔を見上げたその先の
丘の上に立つチャペル
手をつないでいるふたり
式を遠くで見つめてる
少しのぞいてみようかな
近づく私に気がついて
女性が話しかけてきた
「結婚式っていいものね」
「正直、私には分からないです」
「憧れたりはしたことない?」
「小さい頃は、あったかも」
アンティークな花柄の
ワンピースがよく似合う人
優しそうな顔の男性が
「僕ら、式は挙げてなくて」
女性は少し残念そう
「これから挙げたらどうですか?」
「できることなら、してみたいかな」
何かの事情でしなかったのか
最近じゃ少しもめずらしくない
人をそんなに集めなくても
素敵な式は挙げられる
「でももう今じゃ、遅いんです」
見た目も若いカップルなのに
何が遅いと言うんだろう
ブーケが青空に舞い上がる
「あのブーケも素敵よね」
「君に似合っているんじゃない?」
弧を描いていく様を見て
ふたり並んで微笑んでいる
式が終わってもまだそこを
離れようともしないふたり
「次の式も見ていくんですか?」
少し間を置き、女性は言う
「ずっとふたりで見ているの」
私はようやく気がついた
仲むつまじいカップルは
結婚式を挙げられない……
昼間だからと油断した
叶わぬ希望を目の前に
ふたりは夢を見続ける
男性が彼女の肩を抱く
あんなふうにできないけれど
君といっしょにいられるから
僕はずっと幸せだよ
女性が彼に身を寄せる
私は見ているだけでいい
あなたといっしょにいられるなら
私はどこでも幸せだから
これほど惹かれ合っているのに
どうして心中したんだろう
あまりに惹かれ合っているから
それしかないと思ったのかな
「あなたはそれで良かったの?」
私は男性に聞いてみた
「はい。ふたりで選んだ道です」
「結婚式はできなくても?」
こくりと笑顔でうなずいた
「本当はしてみたいんでしょ?」
私は女性に聞いてみた
「欲を言えば、そうだけど……」
「ちょっと待っててくれますか?」
私は自転車をこぎ出した
気休めにしかならないけど
単なる思い付きだけど……
「はい、これ。おふたりに」
驚いた顔で私を見る
「ひょっとして、これブーケ?」
「なんて言うか……お供えです」
「それでもいいわ。ありがとう!」
お小遣いの範囲内
ブーケというには少し地味
献花というなら少し派手
私のきまぐれなだけなのに
ふたりは笑顔で大喜び
青空に舞う
控えめな
ふたりを祝う
小さな花束
「どうか末長く、お幸せに」
そう言う私に降ってきた
光をたたえたお日様ブーケ
受けとる私に聞こえてきた
「あなたは生きて、幸せに」
「どうか素敵な結婚式を」
チャペルを抜けるそよ風が
私を包んで去っていく
それきり姿は見えなくなった
まだ日は高い昼下がり
私は芝生に寝転がる
もう少しの間だけ
ここで風を感じていよう
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「他界したがりの高井さん」~完~
お読みいただきありがとうございます。
詩のような物語、いかがでしたか?
本作は2025年夏の企画として
書き残したものです。
応援やコメントをいただけましたら
とてもうれしいです。
コメントには遅れても
全て返信いたしますので
よろしくお願いいたします。
もし☆の評価やレビューなど
いただいてしまったら……
調子に乗って続編や連載も……
なんて考えています。
他界したがりの高井さん 有の よいち @yoichi_a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます