他界したがりの高井さん

有の よいち

第1話 水底の華


高井かなえ、14歳

今日も死に場を探してる





もうすぐ日付が変わるころ

こっそり家を抜け出した


どこからあの世に行こうかな


近所の川へと歩いていく

河原まで来て気がついた


とにかく浅い、浅すぎだ

おまけに流れも、遅すぎだ

でも、深みにはまれば死ねるかな

けど、あの水飲んで死ぬのかな


いやだな、汚い

なんだか、くさい

思っていたのと何かちがう

この川こんなだったっけ?


そんなことを考えてたら

どこからともなく声がした

「苦しいのは、ほんのちょっとだけ」

「はあ?」

「ちょっとの間だけだから」


私は霊にからまれる

姿は見えるし声も聞ける

やめときゃいいのに会話もする

だからかよく、からまれる


「すぐに楽になれるから」

「はい?」

「本当だから」

これはウソだ、まちがいない


ああ、だるいな

めんどくさい

やる気がうせる

嫌になる


「やっぱやめた」

「どうして?」

「この川、くさい」

「え?」

「もう来ない」

「そんな、待って!」

短い髪の女の霊

動けないから、地縛霊


「なんで?」

「なんでって……」

女の霊がしゅんとする


「理由ないなら、もう行くね」

「お願い、待って!」

「やだ、帰る」

「ねぇお願い!」


仕方がない

立ち止まる

少しして、霊が言う

「ひとりはすごく、さみしいの」

「それで私を道連れに?」

「ごめんなさい……でも私」

「ん?」

「……話し相手が、欲しくって」

私は大きくため息をつく

「少しだけなら、別にいいけど」

「えっ、本当?」


名前はかすみというらしい

歳は私の少し上

私は土手に腰かける

彼女は川岸に立っている


「それで、何を話したい?」

「聞いて欲しいことあるの」

「いいよ、どうぞ」

「ありがとう」

あっさり受け入れた私に

彼女は少し驚いた


「私、ここで死んだの」

「まあ、そうだろうね」

「分かるの?」

「なんとなく」

彼女は川底を見つめる

「ここに流れついたの」

「だろうね」


「……私、ここに埋まってるの」

「えっ、マジ?」


聞かなきゃよかった


霊はたいてい

伝えたいことがあるか

したかったことがあるか

なにかしらの未練がある


だから私はいつもなら

少し話を聞く程度

それぐらいしかしてあげない

それ以上は関わらない


けれどこういうのは困る

無視して何もしなければ

悪霊にでもなりかねない


「いったいいつから埋まってるの?」

「それは、だいぶ以前から…」

「何があったの?」

「……実は」

彼女が顔を上げて言う

「昔、ここで洪水があって」

洪水なんてあったんだ

「私、その時流されたの」


このあたりで洪水なんて

一度も聞いたことがない

ましてや人が流されたなんて

いつの時代の話だろう


涙が頬を伝っていた

彼女は声もなく泣いた


少し落ち着きを取り戻すと

彼女は私の目を見て言った

「本当は、死にたくなかったの」

事件か事故か災害か

ああ、なんだか嫌な予感

嫌な予感は、当たるんだ——



スマホが正午に点灯した

死にたかった日が過ぎ去って

新しい日がやって来た


「何があったの?」

そう聞いたら

かすみさんはうつむいた

「……人柱って、知ってる?」


ひどい話だ

嫌な風習だ


「知ってるよ」

そう言うと

かすみさんは顔を上げた

「私が選ばれたの」

そう聞いて

怒りで体が震え出した

「神様の怒りを鎮めるために」

ばかばかしい

ふざけるな

神様の仕業にするなんて


神を信じるのは構わない

でもそれを理由に人の命を

奪っていいなんてことはない


洪水を前に無力な人達が

彼女を川へ投げ入れた


「それで、洪水はおさまったの?」

「はい、その日が過ぎる頃には」

「かすみさんのおかげだね」

そんなわけない

「いいえ、神様のおかげです」

そんなはずない


「いいや、かすみさんのおかげだよ」


彼女はまた、うつむいた

「みんな無事だったってことだよね?」

「はい、みんな助かりました」

かすみさんは犠牲になった

決して‟みんな”なわけじゃない


「…そう、それは良かったね」

いいわけがない、こんなこと

「はい、でも…」

「でも?」

かすみさんは言いよどむ

それから私と目を合わせた

「やっぱり、ひとりはさみしいです」


「でも、今はひとりじゃないよ?」

ありきたりでキザなセリフ

それでも彼女は笑ってくれた

いや、そうしてくれた気がした


ここで死のうとしていた私

ここで孤独に死んだ彼女

私が死んだりしなくても

ふたりはいっしょに話ができる

話せる力がなかったなら

今夜死んでも良かったのに


「掘り起こしたほうがいい?」

「えっ?」

「あなたの骨」

彼女は少し考え込んだ

それから笑顔で私に言った

「私、このままでもいいかな」

「なんで? 成仏できなくない?」

面倒なことになる気がした

「あなたと、もっと…お話ししたい」

少しも嫌とは思わなかった

私は思わず笑ってしまった

「ダメ、でしたか?」

「いいや、別に」


そうしてふたりで話していたら

深夜1時を過ぎていた

「そろそろ私、帰らないと」

お互い、またね、と言わなかった

静かに背を向け歩いていく


死にそこねた

もう、いいや

どうせいつでも死ねるんだから


ベッドに入る

すっぽり潜る

このまま眠りについたなら

そのままあの世に行けるかな


そうだったらいいのにな


けれども、いつもの朝が来た

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